H・S・クシュナー『なぜ私だけが苦しむのか』(岩波現代文庫)

読んだのは2月中だったと思うが、記録するのを忘れていた。

2012年1月に読んだ本の再読。

映画も含めて遠藤周作『沈黙』をめぐる言説を目にしていて、ふとこれを思い出した。神学というよりは、宗教論である。つまり、神はどのようなものであるかという信仰の問題ではなく、宗教はどうあるべきかという社会的実践の問題である。

初読のときも印象に残った箇所だが、東日本大震災を「天罰」とか言った愚鈍な権力者を想起しつつ、この一節を引いておきたい。

保険会社は地震やハリケーン、その他の自然の災害を『神の行為(Act of God )』と表現しています。(中略)私にとって、地震は『神の行為』ではありません。神の行為というのは、地震が去った後で生活を立て直そうとする人びとの勇気のことであり、被災者を助けるために自分にできることをしようと立ち上がる人びとのことなのです」(p91~92)

黒瀬奈緒子『ネコがこんなにかわいくなった理由』(PHP新書)

そういえばこの本を記録しておくのを忘れていた。姉(当然ながら猫好きで2匹飼っている)が貸してくれた。

読み終わったのは1月中だったかもしれない。

いかにも猫好きを騙すようなタイトルと表紙だけど、著者は分子系統学が専門で、ネコ好きではあるけれども主な研究対象はイタチらしい。この本の内容も、確かに一貫してネコ愛にはあふれているのだけど、基本的に真面目な話で、けっこう勉強になる。そしてネコがこんなにかわいくなった理由は……分からない(笑) でも、途中で紹介されるネコ科の動物は、ライオンとトラを除いて、どれもとても可愛いのである。

荻原博子『生き返るマンション、死ぬマンション』(文春新書)

この1年、いま住んでいるマンションの管理組合の理事をやっているのだけど、理事長から「面白かったよ」と貸してもらった本。

後半の章で紹介される、いわばベストプラクティスは、「こんなのウチのマンションじゃ無理だよな~」とも思うし、そういうマンションに住みたいかと言われると、決してそうは言い切れないような例も出てくる。が、まぁ個別具体的な状況が違うだけで、基本は共通するのかな……。その意味で勉強にはなりました。

ところで、これは編集者レベルの問題だと思うし、この本に限ったことではないのだけど、本文中では西暦で書かれているのに、グラフの時間軸は元号表記になっているとか、本文中で「いまからxx年前」と書かれているとか(「いま」が何年なのか奥付を確認する必要がある)、そういうのは何とかしてほしい……。

 

冷泉為人『冷泉家・蔵番ものがたり―「和歌の家」千年をひもとく』(NHKブックス)

大学受験のときは日本史・世界史選択だったのだけど、日本史では基本的に「紅旗征戎」の側面が中心になるわけで、だいたい源平の戦い以降は、公家の出番はほとんどなくなる。しかし、そのおかげで現代に遺されてきた文化もあるわけで、この本を読むと、けっこう長い時代にわたって、日本史のもう一つの側面が実感できるようになってくる気がする。

マルセル・プルースト『失われた時を求めて(7)』(吉川一義訳、岩波文庫)

フランス語教室(休会中)の仲間(たぶん少し年上の女性)が大学の卒論だかをプルーストで書いたということで、爾来、この作品を繰り返し読み、昨今で言う「聖地巡礼」も重ねているそうなのだけど、確かに、読み返せばまた全然違う印象があるのだろうな、という気がしてきた。まぁ他にも読みたい本はたくさんあるし、そんな暇はとてもないのだろうけど。

マルセル・プルースト『失われた時を求めて(6)』(吉川一義訳、岩波文庫)

昨年5月以来中断していたのだけど、突然、復帰。

7ヶ月も中断していたとは思えないくらい、すんなりとこの世界に戻れた。要するに、そこまでの流れを思い出さないといけないとか、登場人物を思い出さなければならないというほどのダイナミックなストーリーはないのだ(笑)

というわけで、この巻は一気に読了。やはり、なかなか悪くない。

 

伊勢崎賢治『新国防論』(毎日新聞出版)

この著者の本は以前にも読んだことがあったと思うのだけど、探しても記録が見当たらない……。

で、そのときにも同じことを感じたと思うのだけど、いくつか「それはないんじゃない?」と突っ込みたくなるところはあって、たぶんそれは、たとえば学者なら備えているはずの「深み」の乏しさに由来するのではないか。

しかしそれでも、この著者が紛争の現場で稀有な体験をしていることは揺るがないし、そういう実務に根ざした提言として謹聴すべき部分はたくさんあるように思う。

 

 

 

冷泉貴実子『和歌(うた)が伝える日本の美のかたち』(書肆フローラ)

小倉百人一首は全部覚えているし、だいたいの歌意は理解しているつもりだけど、細かいところで思わぬ勘違いをしていることがある。

いや、「ことがある」というより、けっこう多いかもしれない。この本を読んで、その一つに気づいた。

「風そよぐ ならの小川の 夕暮れは」って、奈良の歌だとばかり思っていました。

だって、

「いにしえの ならの都の 八重桜」は、奈良でしょ?(違ったりして)

でも、「ならの小川」は、京都なんですね。

(Amazonに書影がなかったので適当に撮った写真ですみません)

2017-01-19 07.53.34 (Medium)