月別アーカイブ: 2019年10月

ロバート・B・パーカー『初秋』(ハヤカワ・ミステリ文庫)

少し前に、8年ぶりに再読。前回は図書館で借りて読んだのだが、今回は思うところあって購入した。

内容や翻訳に古めかしさを感じる部分はあるものの、やはり秀作。

解説の郷原宏は、ネオ・ハードボイルドの主人公らと対比したスペンサーの特徴として、「饒舌である」「お節介である」「生活が健全である」の3点に加えて、「熱烈な男性誇示主義者(マチズモ)」である点を挙げているが、ここはスペンサー自身の台詞を借りて、「半ば正しいな」と言うべきだろう。確かにスペンサーは筋トレ大好きだし、相手を殴りつけて話をつけるし、「立派な男とはどういうものか」ということをいつも気にしているようだし、一方で恋人に対する態度はどうかと思うところがあるけど、その反面、さすがに1980年代の作品としてふさわしい程度には現代的である。

8年ぶり、と書いた。

スペンサーシリーズにはご縁がなかったのだけど、何がキッカケだったか、震災の直後、ふと読もうと思った。なぜだか、とても救われる思いがした。

以前から折に触れて思うのだけど、哲学、自然科学、歴史、経済、社会、政治、何でもいいのだが、どれほど優れた「賢くなる」本を読み、刺激を受け、自分の頭を使って考えていても、そればかり続けていると、だんだん頭が悪くなってくる気がする。それは個人的体験として実際にそうなのであって、知識や洞察は増えても、なんだか頭の回転が鈍くなってくるのだ。

そこで、ときどきは、こういうきちんとしたストーリーのある小説を読むことが必要になってくる。そうすると、頭の中がスムーズに「流れる」ようになってくる。頭の回転数が上がる。

短編集では十分に「流れ」ができないのでダメだが、逆に、長すぎて独自の世界が脳内に構築されてしまうような作品でもダメ。この『初秋』のように、特に難解ではなくスムーズに読める中編程度の「物語」がよいようだ。

震災直後も、いろいろ情報を吸収して考えることで、頭が悪くなっていたのだろう。そこを救ってくれた、思い出深い本である。

もちろん、作品自体としても優れているので、そういう時期でなく読んでいたとしても気に入っていたとは思うのだけど。

 

 

大木毅『独ソ戦-絶滅戦争の惨禍』(岩波新書)

『ヒトラーとナチ・ドイツ』『ヒトラーに抵抗した人々』に続いて、やはりこれも読んでおかないと、という感じで。

通常の戦争(だから良いというものではないが)に対して、収奪戦争・絶滅戦争という特質を帯びたことによって、独ソ戦が凄惨な様相を呈することになった経緯を中心とする論考。

第二次世界大戦においてソ連(当時)の死者数が突出して多いのは、戦勝国であることを思えば不思議なくらいなのだが、そのような経緯を知れば、なるほどと思う。

やっぱり人種的・民族的な偏見がかくも大きな「悪」を生み出すのだなぁ。

あと、戦後に流布した、独ソ戦の推移をヒトラーの個人的な責任に帰してドイツ国防軍を免責するような言説を、最新の研究に基づいて否定しているのも、この本の意義。

 

深緑野分『戦場のコックたち』(創元推理文庫)

各所で評判のいい作品。

ただ、私にはちょっと物足りないというか…描かれている状況の厳しさやテーマの重さに比べて、文体が軽すぎるのがしっくり来ない。そのせいか「謎解き」の部分がどうも取ってつけたように思えて、登場人物の1人の台詞にもあるのだが、お前らそんなことやっている場合かよ、という印象が拭えない。

まぁ、こういう拵えにしないと、なかなか読んでもらえないのかもしれないが…。

 

谷岡一郎『データはウソをつく―科学的な社会調査の方法』(ちくまプリマー新書)

「相関関係と因果関係をごっちゃにするな」「特定部分を誇張するグラフ表現に騙されるな」「質問の表現には気をつけろ」などなど、そういうリテラシーが必要であることは言うまでもないし、そのわりにはあまり理解されていないので、もちろん、この種の本は有益ではある。

有益ではあるのだが…あまりオススメできない。そういう、有益な知見(個人的には分かっていることばかりで今更感があるのだが)も含まれてはいるのだけど(そのための本なのだから当然だが)、それ以外に、著者の主観や思い込みで語っている部分がたくさんあるのが気になる。で、そのたびに「この本に書いてあることも鵜呑みにしちゃダメですよ、練習問題として突っ込みを入れてみてください」みたいな予防線を張っているのが、またいかにも姑息な印象。だったら無駄話は止めて必要十分なリテラシーに絞ればいいのに、と思う。

この新書シリーズは若い(高校生くらい?)をメインターゲットにしていると思うのだが、そういう新書にふさわしい著者なのだろうか、という疑問が湧く。

厳しい言い方をしてしまえば、卑しさを感じてしまう著作である。学ぶべき内容はあるだけに、もったいない。

 

佐藤勝彦監修『「量子論」を楽しむ本』(PHP文庫)

『~宇宙の話』シリーズの佐藤勝彦さんが書く量子論の本ならさぞかし面白かろうと思って借りてみたのだけど、よく見たら、「監修」という位置づけだった。そして、実際の執筆者は明示されていない?(探し方が甘いだけかも)

とはいえ、それにもかかわらず、「さすが佐藤勝彦」(実際には違うにせよ・笑)と思わせる卓抜な説明が随所にあって、面白い。観測した瞬間に位置が定まるというのを「だるまさんがころんだ」に喩えるとか、観測という行為そのものが対象に影響を与えてしまうというのを、小さな水滴の水温を普通サイズの温度計で測る行為に喩えるとか。

ただ、こういう本の常で、数式や理論的な説明は極力排するというスタイルなのだけど、もう少し難解になってもいいから、もう少し入れてもいいんじゃないかな、という気もする。