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スズキナオ『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)

誰か(たぶんあの人)が書影をアップしていて、気になって読んでみた。

タイトルからはもっと社会派的なマジメな内容を想像していたのだけど、先に著者プロフィールを見たら、なんだ、デイリーポータルZで書いている人じゃないか。そういえば、けっこう話題になっていた「銭湯の鏡に広告を出した話」も収録されている。

デイリーポータルZは欠かさず読んでいるというわけでもないが好きなので、一気に読む。家人は、デイリーポータルZは下品なところがないので好き、と言う。昔エログロナンセンスという言葉があったが、デイリーポータルZにはナンセンスはあってもエログロはない。しかしめっちゃ面白い。そして、たまには役に立つし、それよりも高い頻度で勉強になる。

この本にも、そういう文章が多い。「店選びを完全に自分の父親に任せるハシゴ酒」やマイ史跡は何だか泣けるし、チェアリングや「チャンスがなければ降りないかもしれない駅で降りてみる」はたまには試みたい。あと、長野方面に何かとご縁があるのだから野沢菜は買おう、などと思う。

藤崎慎吾『我々は生命を創れるのか-合成生物学が生み出しつつあるもの』(講談社ブルーバックス)

『批評理論入門』を読んで『フランケンシュタイン』を読む人もいれば、私のように『批評理論入門』を読むための予習として『フランケンシュタイン』を読む人もいるだろう。しかし『フランケンシュタイン』を読んで、本書を読もうと思う人は少ないのではないか。何しろ『フランケンシュタイン』では、「いかにして生物を生み出すか」自体は重要なテーマではないからだ。

とはいえ、図書館に行って、習慣でブルーバックスの棚を眺めているうちに、こんなタイトルの本が目に入り、『フランケンシュタイン』にも言及されていると分かれば、つい読んでみたくなるではないか。え、ならない?

もちろんこの本では人間並みの生物を作ろうなどという話ではなく、紹介される科学者たちが考え、試みているのは、そもそもこの地球上にどのように生命が誕生したのか、そして生命と呼びうる「細胞」を人工的に作ることはできるのか、といったレベルの話だ。

ブルーバックスのシリーズは、最初の導入部は読みやすいのに、だんだん話が難しくなって、最後の5分の1くらいはちんぷんかんぷん、という本がけっこう多いのだけど、本書の著者は、この分野を専門に研究する科学者ではなくサイエンスライター兼小説家なので、最初から最後まで(もちろん部分的には難しい話も出てくるのだが)楽しく読ませてくれる。ぬいぐるみや自動車などにも「いのち」を感じる私たちは何をもって「生命」と考えているのか、というところから始まって、ビッグバン、パリティ対称性の破れにまで話が及んでしまうのだから、化学・生物学は言うまでもないとして、哲学や社会学から物理学に至るまで、まさに人間の知の領域を縦横無尽に駆けめぐるように「生命」が語られている本である。

2019年8月に出版された本だが、もちろん当節流行りの(?)ウイルスやワクチンについて考える際にもベースになる話だ。

というわけで、著者の願いに応えて、こう書いておかなければなるまい。

「これ、すごく面白いよ」

 

 

鷲田清一『京都の平熱-哲学者の都市案内』(講談社学術文庫)

「ああ、京都に行きたいなぁ」と思わせるが、観光案内ではない。

市バス206系統の経路に沿って(ときに逸脱しつつも)、京都を語っていく構成。もちろん寺社仏閣の名も折に触れて出てくるのだが、街並みや衣食住を含む文化を語る比重が大きい。

本書で紹介されている諸々の、これといって特にどこに行きたい、何を食べたいという場所やものを挙げていくことはなかなか難しいのだけど(挙げていくと切りがないとも言える)、次に京都を訪れるときに、街を見る目がだいぶ変わってくるような、そういう本である。

末尾近くに、こうある。

「だから京都という街を知るには、味わうには、京都に友人を、あるいは親戚を、ひとり作ることである。これにかぎる」

しかしそればっかりはご縁というもので、その点で自分が恵まれていたことに感謝したい。といっても、まだまだ知る・味わうの域には至っていないのだが。