2020年に読んだ本」タグアーカイブ

三浦英之『白い土地 ルポ 福島「帰還困難区域」とその周辺』(集英社クリエイティブ)

この著者の本では『南三陸日記』に好印象を抱いていたので、数ヶ月前に出たこの本も読んでみた。

生で観覧したことのある相馬野馬追絡みの第二章も、そして記者みずから新聞配達を経験する第四章も良いのだが、やはり終盤に示される、東京電力にとっても日本政府にとっても、もはや福島第一原発の廃炉や被災地の復興は、別に順調に進めたからといって特にメリットのある案件ではなく、急いでやろうとするモチベーションもないのだ、という暗澹たる認識が重い。

新型コロナ云々は関係なく、そして準備してきたアスリートたちの気持ち云々は関係なく、東京オリンピックの招致・開催はすでに犯罪なのだ、ということを強く思う。

 

廣瀬俊朗『ラグビー知的観戦のすすめ』(角川新書)

2019年ラグビーワールドカップ(RWC2019)の直前に出版された本。

2012年~2015年のエディー・ジャパンでキャプテンを務めたこともある中核的な選手。RWC2015では出場機会を得られなかったにも関わらず、裏方としてチームを支え続けた2人のうちの1人。RWC2015後のシーズンをプレーした後、現役を引退。

というポジションだった廣瀬らしい、ワールドカップの主催者側でもなく、直接のチーム関係者ではないが、極めて現場に近い立場でワールドカップを盛り上げるために、どうやって楽しんでもらおうかという情熱が感じられる本。その情熱は、私は結局観なかったがドラマ『ノーサイド・ゲーム』への出演にも、そしてこの本でも熱く語られている、各国のラグビー・アンセムを歌って歓迎しようという「スクラム・ユニゾン」の立ち上げにも現われている。非伝統国・非強豪国での開催だからこそ「スクラム・ユニゾン」が可能なのだ、という思いは廣瀬自身も抱いていたようだ。

RWC2019がどういう結果に終ったか(勝敗だけではなく)を知っている今でも、というか今だからこそ、面白く読める本かもしれない。廣瀬の情熱は、十分に報われたのだ。

ラグビー観戦をどう楽しむかという入門書としては、まったく試合を観たことがない人には向かないかもしれない。RWC2019を機に何試合かラグビーの試合を観て、意味は正確に分からないまでも実況解説が使うラグビー用語にぼんやりと耳が馴染んできた、くらいの人がちょうどいいかもしれない。

 

NHK 100分 de 名著 ブルデュー『ディスタンクシオン』(講師:岸政彦)

NHKテキストを読書にカウントするというのもどうかと思うのだけど、好評のようなので読んでみた。『はじめての沖縄』(恐らく名著と称してもいい)の著者が講師であるというのものも、気になったポイントの一つ。

ブルデューは共著『遺産相続者たち』をだいぶ前に買って積ん読しているだけ。

序盤の肝と言うべき、「私たちの日常的な文化的行為、すなわち趣味は、学歴と出身階層によって規定されている」(本テキストp21)という点に関しては、人によっては衝撃的なのかもしれないけど、まぁそうだろうな、と特に新鮮味なく受け止めてしまうのだが、そもそもそういう受け止め方をできるということ自体、私の思考が「そういう」履歴を重ねてきたから、ということである。

で、このあたりについては、さらりと読み進めてしまえるので、むしろ面白いというか自省を迫られるのは、終盤の「あらゆる行為者は合理的である」「他者の合理性」の部分。このへんを読むと、たとえば、社会学者ではないがジャーナリストとしてトランプ支持者の考え方や生活を追っている金成隆一の『トランプ王国』『トランプ王国2』あたりを読み直したくなる。

しかし、そうやって「他者の合理性」に耳を傾けられるかどうかというのも、かなりの確率で非対称な関係になりそうだよなぁ…。

番組の方を観る予定はないけど、テキストだけでも非常に分かりやすく読みやすいので、これはオススメです。

 

大田黒元雄『はいから紳士譚』(朝日新聞社)

近所の大田黒公園に散歩に行ったのを機に、この邸宅・庭園の元の所有者である大田黒元雄の本を読んでみようか、と。すでに新刊で入手できる著作はないので図書館で検索。さすがに地元の名士だけあって、杉並区図書館では所蔵も多いが、ほとんどが禁帯出。借り出せたのが、比較的新しい(といっても半世紀前)刊行の、このエッセイ集。

もちろん今読んでも「役に立つ」情報はほとんど無いのだけど(専門の音楽について書かれたものなら話は別だろうが)、風雅な高等遊民というのはこういう人なのだろうなぁと思わせる。やはり魅力的なのは船旅の描写か。欧州から米国にわたり、大陸を横断して西海岸にたどり着くと、だいぶ日本に帰ってきた気がする、という感覚が面白い。

中村桃子『女ことばと日本語』(岩波新書)

我が家で取っている新聞に掲載されたジョー・バイデンとカマラ・ハリスの勝利演説が、前者は「である調」、後者は「ですます調」で訳されているのに呆れて(まぁ訳文の出所が違うのだけど)、以前から関心のあった論件ということもあり、この本を読んでみた。

明治以降の「てよだわ」言葉(「てよ」は昨今ではまず使われないだろうが)を中心に、鎌倉時代以降の女訓本に遡る歴史を踏まえて、主としてジェンダー論の視点から、天皇制とそれを支える家父長制・家族国家観と絡めつつ、「女ことば」が、規範として教えられることによって定着してきた経緯を解き明かしていく、という内容。

バイデン/ハリスの演説の訳例にも見るように、その過程で「翻訳」も大きな役割を演じてしまっているというのは、自分の日々の仕事のなかでも常に関心を注ぐべき点。本書に挙げられている「ハリー・ポッター」シリーズの例は非常に分かりやすい。

日本での「女ことば」の成立・定着過程はよく分かるのだが、では、他言語ではどうなのか、と言うのが気になるところ。というのも、国民国家を支える「国語(標準語)」確立へのニーズや、19~20世紀における国家競争力の強化のための性別役割分業といった要因は、日本だけでなく他国でも(時期の違いはあれ)同じように見られたはずなのだが、それは言語レベルには及ばなかったのだろうか、と。

さらに遡って、たとえば『十二夜』で、ヴァイオラのときとシザーリオのときでは、如実に分かる言葉遣いの違いというのはあるのだろうか。というわけで、kindleで無料のTwelfth Nightを入手してしまった…。

 

 

吉田徹『アフター・リベラル 怒りと憎悪の政治』(講談社現代新書)

「リベラル・コンセンサス」が支配的だった時期がわりと短命に終り、トランプに代表される権威主義的・排外主義的なオルタナ右翼、著者の言う「ウーバー化」するテロリズム、日韓関係で他人事ではない歴史認識問題、ヘイトクライムが跋扈しつつある時代になってしまった背景と推移を分析する本。

いちおう「リベラル左派」に親近感を抱く自分としても、自分のポジションを捉える見取り図というか、自分はなぜこのポジションを取りたいのか、取りうるのか、取るべきなのか、といった点を考えるうえで、有益な本だった。

ひとまずトランプは敗北したものの、この本の分析がそれなりに的確だとすれば、これにて一件落着ということにはなりそうにない…。

しかし、権威主義的な志向を持つ人がそれなりにいて、そういう人の、いわば「声が大きくなる」傾向はあるとしても、この本の分析に従うならば、数としてそれほど多くなる可能性は低いように思うのだが…。

図書館で借りて読んだのだけど(予約多数)、再読する可能性大と見て、地元の書店で購入。

 

『源氏物語(二)紅葉賀~明石』(岩波文庫)

引き続き、就寝前に少しずつ読み進める。高校3年のときに読んだのが、確かこのあたりまで。そこで受験の本番が到来してしまい、その後はバタバタとして読み続ける余裕がなくなってしまった。

須磨・明石の章は都を離れてむしろ風情がある感じで当時から気に入っていたのを思い出す。実家から古語辞典も回収し、時折引いたりしているのだが、やはり例文には源氏物語が多用されているなぁ。

さて、ここからはたぶん未踏の境地へ。実はストーリー展開もよく知らない…。

西成活裕『渋滞学』(新潮選書)

今年も何度か中央高速で酷い渋滞を経験してウンザリしたということもあって、有名なこの本を読んでみた。

これを読んだからといって渋滞を回避できるわけではないし、なるべく渋滞を引き起こさないような運転を心がけるとしても、そのようなノウハウを持たないドライバーがほとんどなのだから、どれだけ効果があるかどうかは怪しい。とはいえ、渋滞の発生をシンプルにモデル化する試みなどは大変面白い。

この本では自動車の渋滞だけでなく、火災などパニック時の人の動きやアリの行列、インターネットの混雑、神経繊維の信号伝達、お金の動きまで幅広く「渋滞学」の応用が試みられていて愉快なのだが、特に「なるほど」と膝を打ったのが、世の中には「渋滞させることが望ましいもの」もある、ということ。

量的にはあっさりと触れられているだけなのだが、一つは、気候変動ゆえか世界のあちこちで頻発している森林・原野火災。火が燃え移っていくペースに「渋滞」を引き起こすことができれば、自然鎮火につながるし、人為的な消火もたやすくなる。

もう一つは、本当に軽く触れられているだけなのだが、まさに私たちがいま体験している「あれ」である。スムーズに移動させてはダメ、「渋滞」させないといけない…。

 

 

 

斉藤健仁『ラグビーは頭脳が9割』(東邦出版)

引き続き、ラグビー本を読む。

2015年5月に刊行されたものだから、RWC2015での対南ア戦勝利以前に書かれたものである。

エディージャパンをはじめ高校・大学・トップリーグと国内各カテゴリーのチームをピックアップしたケーススタディ的な構成。

タイトルはもちろん『人は見た目が9割』(2005年)のパクりなので、あまり内容を的確に表しているとは言いがたい。この本では、戦略・戦術のスマートさに重点が置かれているとはいえ、9連覇中の帝京大学やトップリーグ2連覇の頃のパナソニック・ワイルドナイツが、「頭脳が9割」で勝ち続けたチームであるとは誰も思わないだろう。

とはいえ、何しろラグビーの話、それも自分が熱心に観ている時期のラグビーの話なんだから、つまらないということはありえない。そもそもこの著者が書くものは、ターゲットが自分に合わないと感じることはあっても、基本的に信頼できるし面白い。

 

 

徳増浩司『君たちは何をめざすのか《ラグビーワールドカップ2019が教えてくれたもの》』(ベースボール・マガジン社)

『源氏物語』をゆっくり読み進める一方で、1年前のラグビーワールドカップを振り返る。

著者のように招致・開催の中枢にいた人にとっても、私のように(それなりにディープだとはいえ)観戦だけの一介のファンと同じように、やはりミクニスタジアムのウェールズ公開練習と、9月20日の開会式(これは当然だが)、そして釜石でのカナダチームの活躍(と言ってしまってよかろう)は、あの大会をめぐる大きな出来事だったのだなぁ。

郡上市の少年、名護市辺野古区の少女のエピソードは、2人の健気な言葉と、周りの人々の厚意と奔走によるハッピーエンドに胸を打たれる。もっとも、こうしたハッピーエンドの一方で、残念なこともいろいろあったのは、今後のためにも(「今後」があればの話だが)きちんと記憶しておくべきだろうとは思うけど。

とはいえ、開催前にはものすごく心配していたことを思えば、大成功でしょ、去年のワールドカップは。

昨年のワールドカップとは直接には関係のない、著者の若い頃の体験を含む第5章、招致過程を綴った終章も、構成という点でやや付け足し感はあるが、内容的にはとても興味深い。時系列的には5章(の一部)~終章~1章以降という流れなのだが、それだといかにもありきたりで退屈な本になってしまったかもしれない。