月別アーカイブ: 2022年3月

黒川祐次『物語ウクライナの歴史』(中公新書)

にわかウクライナ通と笑わば笑え、不幸な出来事がきっかけであるとしても、こういう機会にこれまであまりご縁がなかった国や社会について多少なりとも知るのは、決して悪いことではないはずだ。

本書は駐ウクライナ大使だった著者が、紀元前からソ連崩壊後の独立に至るウクライナの歴史を、情熱と愛情を込めて語る体裁。一貫して「ウクライナびいき」ではあるのだが、なぜウクライナの独立がこれほど困難だったのかといった分析にしっかり冷静さが感じられる。

もちろん、昨今の悲惨な展開について日々の報道を追う際におおいに参考になることは言うまでもない。原子力発電所をめぐって頻繁に目にすることになったザポロージェという地名は実に由緒ある場所なのだなぁ、などという具合に。

この戦争は、今日(3月19日)の時点では、ウクライナの勝利(&ロシアの中長期的かつ不可逆な没落)に終るのではないかと私は思っているのだが、そうすると、ウクライナは著者のいう「ヨーロッパ最後の大国」として存在感を強めていく可能性は高いかもしれない。

個人的には、亡父が専門的に研究していたオノレ・ド・バルザックとウクライナ(相手はポーランド貴族だが)のご縁がいちばん印象に残った。

池内紀、川本三郎『すごいトシヨリ散歩』(毎日新聞出版)

川本三郎の新著は本屋で見かけるたびに買うようにしているので(そして地元のいつもの書店にはよく入荷する)、これもその一冊。

失われた/失われゆくものを嘆く部分もかなり多いのだけど、それでも、ああ、幸せってのはこういうものだよなぁと思わせる。

些細なことだが、「純喫茶」の「純」の意味を初めて知った(笑)

高水裕一『物理学者、SF映画にハマる』(光文社新書)

確か新聞の書評で見かけて、面白そうだなと思って読んでみた。まぁタイトルから想像できるように、親しみやすい、軽く読める本ではあるけど、タイムトラベルにせよ宇宙論にせよ、ベースとなる「物理学」は本格派である。諸々のSF映画作品で描かれている要素について、実際の物理学の知見に照らして考えるとどうなのか、ということを、野暮にならない程度にツッコみつつ、考えていく体裁。というより、SF映画を切り口に現代物理学を紹介している、と言うべきか。大学の一般教養課程における文科学生向けの自然科学系の講義だったら、大人気になりそうな雰囲気。

「ネタバレがあるので、題材にしている作品を観てから読んだ方がいい」と断り書きがあるが、自分がすでに観た作品を基準に判断すると、作品を楽しむうえで致命的とまでは言えないような気がする(私は観ていない作品の章も含めて全部読んでしまった)。ちなみに本書で取り上げられている作品のうち私がすでに観ていたのは、『ターミネーター』シリーズ、『ゼロ・グラビティ』、『スターウォーズ』シリーズ、『オデッセイ』。有名な『バック・トゥ・ザ・フューチャー』はなぜかご縁がなくて1作も観ていない。

同じ著者の『時間は逆戻りするのか』『宇宙人と出会う前に読む本』(いずれも講談社ブルーバックス)も読みたくなるが、他にも読まなければならない本が溜まっているので、しばらく我慢。

 

ノーム・チョムスキー、ロバート・ポーリン他『気候危機とグローバルグリーンニューディール』(早川健治・訳、那須里山舎)

TwitterでDeepLについて面白い考察を書いていらっしゃる方がいて、その方が翻訳されたのが本書。なかばお付き合いで購入したようなものだが(失礼!)、これがけっこう良かった。

グリーンニューディールについては昨年11月に岩波新書の1冊を読んでいて、そちらの方が手軽といえば手軽なのだけど、本書の方が財源の話などいろいろ具体的で、その分、希望を抱かせる内容になっているように思う。手に取るとけっこうなボリュームがあるように感じるが、そこまで難渋はしなかった。岩波新書を先に読んで一通り予備知識を得ていたからだろうか。しかし、どちらか一冊だけ読むなら、本書の方がいいかもしれない。

翻訳は、少し気になるところはあったものの、重たい真面目な内容のわりに、総じて読みやすい。しかしチョムスキーの文体というか語り口というのは、誰が訳してもこういう感じになるものなのかなぁ(笑) 原文で読んだことがないので確言はできないのだけど、そもそも当人の毒舌ぶりがあまりセンスがいいとは思えないので、しかたがないのかも。本来の言語学の著作だと、また違うのだろうが。

訳注が親切で、そこから得られる情報もかなり良い。訳者あとがきの後半部分は、本書の主題から少しばかり外れて機械翻訳(DeepL)の考察に充てられていて、そこももちろん面白い。それにしても、上に書いた「少し気になるところ」の一つはexistential crisisを「実存的危機」と訳す点で、個人的には「存亡の危機」の方が優るのではと思うのだけど、訳者あとがきで紹介されるDeepLの訳がまさに「存亡の危機」になっていて、何となく悔しい(笑) しかし、人類とか社会とか、そういう大きな主語について「実存」という言葉を使うのは、哲学科出身としては少し違和感があるのだよね…。

 

 

『源氏物語(七)匂兵部卿~総角』(岩波文庫)

引き続き、枕元に置いて、寝る前に少しずつ読み進める。

どの登場人物にもあまり感情移入できないのは本編同様で、薫、匂宮、大君、中の君、いずれも何だかなぁという感じである(笑) 本編では、紫の上が(境遇の割には)いちばんまともな人に思えたかな…。

それにしても、やはり舞台が京都の街中(?)から離れると物語に変化が生じてなかなかよろしい。宇治川といえば京都競馬場くらいしか思い浮かばないのだけど、いずれ宇治市源氏物語ミュージアムにも行ってみたいものだ。

一巻読み終えるたびに次の巻を買っていたのだけど、残り二巻は一気に買ってしまった。といっても読むペースを上げるでもなし。まぁ夏頃には読み終わるのではないか。