月別アーカイブ: 2017年3月

上田秋成『雨月物語』(青木正次校注、講談社学術文庫)

村上春樹関連の流れでこれも読まないとなぁということになり、久しぶりに古典を(といっても江戸時代だが)。

亡霊とか生き霊とかが出てくる怪異譚が中心なのだけど、昔の話なのに「うわっ、こ、これは恐い!」と思える部分があるのが凄い(いちおう一カ所だけだったが)。あと、最後の一篇の経済談義はけっこう面白い。

残念なことに、節ごとに挟まる解説がどうも過剰というか、読者の理解を助けるというより校注者の解釈を押しつける気味が強い。もちろん、きちんとした学者が研究を積み重ねて至った成果が披露されているのだろうけど、それは巻末の解説にまとめてくれればいいのであって、物語を味わう途中ではかなり煩く感じる(というわけで、途中からその部分はけっこう飛ばし読み)。現代語訳の部分は読みやすくて良いのだけど、語釈のところにもけっこう校注者の色が出ているから油断がならない。

というわけで、原文と現代語訳を読むのであれば、こんな分厚いバージョンでなくてもいいかもしれない。

 

 

北原みのり、朴順梨『奥さまは愛国』河出書房新社

レイシズム系愛国運動にハマる女性たちに取材したルポ。

この種の運動の分析に「男-女」という補助線を引くと、なるほど見えてくるものがあるのだなぁ……というのは、朴裕河『和解のために-教科書、慰安婦、靖国、独島』を読んだときの感想と重なる。フェミニズムって、もちろん唯一ではないにせよ、やはり重要な視点なのだと気づかされる。

金成隆一『ルポ トランプ王国--もう一つのアメリカを行く』(岩波新書)

実際には高学歴・高所得層もそれなりにトランプを支持していたというデータはあるようなのだけど、やはりこれまで民主党の安定した地盤だった州をトランプが取ったのは大きい。ということで、いわゆる「ラストベルト」と呼ばれる一帯やアパラチア山脈地方を中心に、トランプ支持者の話を聞き歩いたルポルタージュ。

基本的には、ここで登場するトランプ支持者の多くは、没落した、あるいは没落の予感に脅えるミドルクラスという位置付けなのだけど、う~ん、「しょうもないことを言ってやがるなぁ」というのが正直な感想。

というのは、彼らが懐かしむ「良かった頃のアメリカ」の話を読むと、おいおいふざけんなよ、と思うわけです。

その頃、他の世界はどうだったのか。その繁栄は、他の誰かを搾取していたからこそ、実現できていたものではないのか。世界の数十億人が、当時のアメリカの何分の一かでも豊かになりたいと思ったら、アメリカがそれまでのような繁栄を享受できなくなるのは当然ではないのか(まぁ実際には配分が偏っているだけでアメリカ自体は繁栄を続けているはずなのだが)。中国やメキシコが彼らの仕事を奪ったと言うが、では、同じような仕事をしている中国やメキシコの労働者と立場を入れ替えてみる気になるか(彼らの方が今でもはるかに不利な環境に置かれている)。

……みたいな考えは、彼らの頭には(たぶん)浮かばない。

とはいえ、それを理由に彼らを責めるわけにもいかない。

この本を読んでいて暗澹とした気分になるのは、彼らが期待を寄せるトランプがその期待に応えられないときに(具体策がないだけに、応えるのはたぶん無理だろう)、では誰が(あるいは何が)彼らの希望になるだろうか、という問いに答えが見つからないからだ。

 

村上春樹『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』(文春文庫)

だいぶ前に家人の親戚の家から単行本をもらってきて、その後文庫を買い直したのに読んでいなかった、村上春樹のインタビュー集。対象の期間が1997年~2011年ということで、その頃に発表された作品についての話題が中心なのだけど、古い作品はけっこう読み返しているのに、リアルタイムで(つまり出版からまもない時期に)読んでいたこの時期の作品は、却って軽視しているというか、一度読んだだけというものが多い。

『若い読者のための短編小説案内』『約束された場所で』『スプートニクの恋人』『神の子どもたちはみな踊る』『シドニー!』『海辺のカフカ』『アフターダーク』『東京奇譚集』『走ることについて語るときに僕の語ること』(文庫版では2011年6月のインタビューが追加されているので、『1Q84』ももう書かれている)

すべて読んだはずだけど、複数回読んだのは『走ることについて……』と『東京奇譚集』くらいかな(このあいだ『スプートニクの恋人』読み返したけど)。

彼がどのような方法で小説を書いているのか、ということがこのインタビュー集からよく伝わってくるし、とても面白い。もちろん、方法が分かったからといって、それを真似できるわけではない。

2011年6月のインタビューで彼は「これからの十年は、再び理想主義の十年となるべきだと僕は思います」と語っている。私はこれに完全に同意する。残念ながら、前半はまったく逆の方向に進んでしまっているのだけど。

村上春樹『スプートニクの恋人』(講談社文庫)

作者のインタビュー集『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』を読んでいて、軽視していたこの作品を再読してみたくなったのでkindleで購入。

確かに「文体のネジを締め直した」というのは、言われてみれば、そこここに感じられる気がする。

観覧車の場面は覚えていたのだけど、終盤の「にんじん」周辺や電話はまったく記憶になかった……。

村上春樹の作品を1点だけ挙げろといって名前が出てくる作品ではないが、佳品だと思う。

 

内村鑑三『ヨブ記講演』(岩波文庫)

これも遠藤周作『沈黙』つながりで、義父に借りて(こちらからは先に紹介したクシュナーを提供・笑)、少し前に読了。

ヨブ記の解釈は、クシュナーとは大幅に異なるのですが、そこには、そもそもユダヤ教徒かキリスト教徒かという違い、宗教者か信仰者かという違い、時代の違い(ホロコーストという歴史的記憶の有無)が大きく影響しているように思います。

で、やっぱりキリスト教の根幹には「服従」があるのだなぁ、という印象。イスラーム、ですな。

そして私は、ヘンデル「メサイア」の有名なハレルヤコーラスの直前で歌われる、自由を求めて立ちあがる(そして神に懲らしめられるはずの)人間の王たちについ共感してしまうのです。

中田考『イスラーム入門 文明の共存を考えるための99の扉』集英社新書

ウチダ先生の人脈でもあり、いろいろと言動が興味深い(物議を醸すともいう)筆者の本なので、書店の店頭で気になっていたのだけど、たまたま仕事でこの種の知識を必要とする原稿が回ってきたので、購入。

手軽な入門書という感じ。深みや刺激という点ではだいぶ前に読んだ井筒俊彦『イスラーム文化』のほうがはるかに上だが、参照用として便利なのと、現代の事象(最新で昨年6月のトルコのクーデター未遂事件)にまで言及されているところがよい。あと、筆者自身がムスリムなので、その視点で書かれているところがよい。細分化された項目立てになっているので本書自体が事典的に使えるといえば使えるのだけど、それでもやっぱり索引は欲しかった。

ただ、これを読んでも、「ああ、イスラム教もなかなか良いなぁ」という気持ちにはならないんだよなぁ。一神教に親和性がないわけではないのだけど。

H・S・クシュナー『なぜ私だけが苦しむのか』(岩波現代文庫)

読んだのは2月中だったと思うが、記録するのを忘れていた。

2012年1月に読んだ本の再読。

映画も含めて遠藤周作『沈黙』をめぐる言説を目にしていて、ふとこれを思い出した。神学というよりは、宗教論である。つまり、神はどのようなものであるかという信仰の問題ではなく、宗教はどうあるべきかという社会的実践の問題である。

初読のときも印象に残った箇所だが、東日本大震災を「天罰」とか言った愚鈍な権力者を想起しつつ、この一節を引いておきたい。

保険会社は地震やハリケーン、その他の自然の災害を『神の行為(Act of God )』と表現しています。(中略)私にとって、地震は『神の行為』ではありません。神の行為というのは、地震が去った後で生活を立て直そうとする人びとの勇気のことであり、被災者を助けるために自分にできることをしようと立ち上がる人びとのことなのです」(p91~92)