書店の店頭で装幀が美しかったのと、以前好きだった『小説伝』の作者、小林恭二が参加しているのが気になって、購入。
ワンテーマの趣向もの(たぶん書き下ろし?)なので、もちろん玉石混淆でもあるし、読後感は軽いけど、ひとまず、小林恭二の作品が期待どおりだったので、満足。
冒頭、パナマ文書の章は「これ、そのままサスペンス小説になるんじゃない?」と思わせるくらい、読ませる。それ以降はややトーンが落ち着くものの、グローバリゼーションの流れのなかで国民国家という枠組みがいろいろ機能不全に陥るなかで、ジャーナリストたちがそれに対する一つの答えを出しつつある様子に勇気づけられる。
ところが最終章で語られる日本の状況は、それとはあまりにも落差が激しく……。昨今伝えられる公文書廃棄にせよ、しょっちゅう出てくる「のり弁」にせよ、この国は後進国(途上国ではなく、後ろに進んでいる国)なのだなぁという残念感がふつふつと沸いてくる。ま、それはさておき、この章では「個人情報」保護との絡みでパブリック/プライベート概念の問い直しがあって、前著『英国式事件報道』からの問題意識が引き継がれているのが良い。この本を読んで面白いと思ったら、読む順番は逆でも全然問題ないので、ぜひ前著もオススメする。前著ではグローバルな話よりももっと身近な事件が取り上げられているので、むしろ読みやすいかもしれない。
そういえば、確か何度か「権力者や犯罪者」と同列に並べられている点が面白くて、「うんうん、報道というのはそういう視点であるべきだよな」との意を強くした。
ケストナーの作品のうち、子どもの頃に『エーミール……』シリーズや『ふたりのロッテ』を読んだ記憶は濃いのだけど、この作品は(たぶんいちばん有名なはずだし、タイトルはよく知っているのに)読んだことがなかったみたい。
家人の影響で、この年齢になって初めて読んだわけだけど、「この小説があるのだから、この世もけっこう捨てたものではない」と思えるほど、味わい深い名作です(※)。
(※昔の作品なので当時の意識に基づく制約はあるが、そのへんは訳者あとがきで適切に言及されている)。
私はキリスト教徒ではないし(育った家庭環境のせいか多少の親しみはある)、商業化したクリスマスには辟易するけど、でも、こういう小説の設定として素晴らしく活きるのがクリスマスのいいところだよね、と思います。
ナチス政権下のドイツで書かれ、そうした社会・政治状況に対する警鐘が盛り込まれているというのも、もちろんこの作品の貴重な価値であって、その点も含めて、読んでいて何となく、吉野源三郎『君たちはどう生きるか』と重なるものを感じました(『君たちは…』のほうがはるかに教養主義的というか「勉強になる」内容ですが)。『飛ぶ教室』は1933年、『君たちは…』は1937年。前者の日本語訳が出たのは戦後だけど、吉野源三郎がドイツ語を読めないはずはなく、入手して影響されていたりしないだろうか、などと思います(調べていませんが)。
ところで登場人物のうち誰に感情移入するかというと、まぁタイプとして自分が一番近いのは、その性格的な欠点も含めて(というか欠点ゆえに)、ゼバスティアーンだろうなと思います。ああ、こういうことオレもやっちゃっていただろうなぁ、と。その一方で(自分とは距離があるけど)「こうでありたい」という意味で惹かれるのはジョニーかな。
ドイツ語は読めないので原文と対照したわけではありませんが、池田香代子の翻訳はたいへん良いと思います。先に買ってあった池内紀の訳(新潮文庫)は、残念ながら今ひとつ(ふたつ、みっつ)。池田訳のように、「ですます」調でひらがなを多用する児童文学っぽいスタイルだからといって、大人が読むに堪えないというわけではない、むしろ逆である、という気がします。
村上春樹関連の流れでこれも読まないとなぁということになり、久しぶりに古典を(といっても江戸時代だが)。
亡霊とか生き霊とかが出てくる怪異譚が中心なのだけど、昔の話なのに「うわっ、こ、これは恐い!」と思える部分があるのが凄い(いちおう一カ所だけだったが)。あと、最後の一篇の経済談義はけっこう面白い。
残念なことに、節ごとに挟まる解説がどうも過剰というか、読者の理解を助けるというより校注者の解釈を押しつける気味が強い。もちろん、きちんとした学者が研究を積み重ねて至った成果が披露されているのだろうけど、それは巻末の解説にまとめてくれればいいのであって、物語を味わう途中ではかなり煩く感じる(というわけで、途中からその部分はけっこう飛ばし読み)。現代語訳の部分は読みやすくて良いのだけど、語釈のところにもけっこう校注者の色が出ているから油断がならない。
というわけで、原文と現代語訳を読むのであれば、こんな分厚いバージョンでなくてもいいかもしれない。
実際には高学歴・高所得層もそれなりにトランプを支持していたというデータはあるようなのだけど、やはりこれまで民主党の安定した地盤だった州をトランプが取ったのは大きい。ということで、いわゆる「ラストベルト」と呼ばれる一帯やアパラチア山脈地方を中心に、トランプ支持者の話を聞き歩いたルポルタージュ。
基本的には、ここで登場するトランプ支持者の多くは、没落した、あるいは没落の予感に脅えるミドルクラスという位置付けなのだけど、う~ん、「しょうもないことを言ってやがるなぁ」というのが正直な感想。
というのは、彼らが懐かしむ「良かった頃のアメリカ」の話を読むと、おいおいふざけんなよ、と思うわけです。
その頃、他の世界はどうだったのか。その繁栄は、他の誰かを搾取していたからこそ、実現できていたものではないのか。世界の数十億人が、当時のアメリカの何分の一かでも豊かになりたいと思ったら、アメリカがそれまでのような繁栄を享受できなくなるのは当然ではないのか(まぁ実際には配分が偏っているだけでアメリカ自体は繁栄を続けているはずなのだが)。中国やメキシコが彼らの仕事を奪ったと言うが、では、同じような仕事をしている中国やメキシコの労働者と立場を入れ替えてみる気になるか(彼らの方が今でもはるかに不利な環境に置かれている)。
……みたいな考えは、彼らの頭には(たぶん)浮かばない。
とはいえ、それを理由に彼らを責めるわけにもいかない。
この本を読んでいて暗澹とした気分になるのは、彼らが期待を寄せるトランプがその期待に応えられないときに(具体策がないだけに、応えるのはたぶん無理だろう)、では誰が(あるいは何が)彼らの希望になるだろうか、という問いに答えが見つからないからだ。
だいぶ前に家人の親戚の家から単行本をもらってきて、その後文庫を買い直したのに読んでいなかった、村上春樹のインタビュー集。対象の期間が1997年~2011年ということで、その頃に発表された作品についての話題が中心なのだけど、古い作品はけっこう読み返しているのに、リアルタイムで(つまり出版からまもない時期に)読んでいたこの時期の作品は、却って軽視しているというか、一度読んだだけというものが多い。
『若い読者のための短編小説案内』『約束された場所で』『スプートニクの恋人』『神の子どもたちはみな踊る』『シドニー!』『海辺のカフカ』『アフターダーク』『東京奇譚集』『走ることについて語るときに僕の語ること』(文庫版では2011年6月のインタビューが追加されているので、『1Q84』ももう書かれている)
すべて読んだはずだけど、複数回読んだのは『走ることについて……』と『東京奇譚集』くらいかな(このあいだ『スプートニクの恋人』読み返したけど)。
彼がどのような方法で小説を書いているのか、ということがこのインタビュー集からよく伝わってくるし、とても面白い。もちろん、方法が分かったからといって、それを真似できるわけではない。
2011年6月のインタビューで彼は「これからの十年は、再び理想主義の十年となるべきだと僕は思います」と語っている。私はこれに完全に同意する。残念ながら、前半はまったく逆の方向に進んでしまっているのだけど。
ウチダ先生の人脈でもあり、いろいろと言動が興味深い(物議を醸すともいう)筆者の本なので、書店の店頭で気になっていたのだけど、たまたま仕事でこの種の知識を必要とする原稿が回ってきたので、購入。
手軽な入門書という感じ。深みや刺激という点ではだいぶ前に読んだ井筒俊彦『イスラーム文化』のほうがはるかに上だが、参照用として便利なのと、現代の事象(最新で昨年6月のトルコのクーデター未遂事件)にまで言及されているところがよい。あと、筆者自身がムスリムなので、その視点で書かれているところがよい。細分化された項目立てになっているので本書自体が事典的に使えるといえば使えるのだけど、それでもやっぱり索引は欲しかった。
ただ、これを読んでも、「ああ、イスラム教もなかなか良いなぁ」という気持ちにはならないんだよなぁ。一神教に親和性がないわけではないのだけど。