月別アーカイブ: 2021年1月

加藤文元『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』(KADOKAWA)

誰かが勧めていたのが気になって図書館で予約したのだけど、だいぶ待たされたので、情報源は忘れてしまった…。

「宇宙と宇宙をつなぐ」というタイトルだし、実際、主題であるIUT理論のIUはInter-Universalの略なのだが、「SFや理論物理に出てくるような並行宇宙(パラレルワールド)や多世界宇宙(マルチヴァース)とは関係ありません」(P25)ので、そういうものを期待する人は要注意。ただし、それに類した比喩を使っている部分もなくはない。

もちろんこの本を読んだからといって、IUT理論の内容が分かるわけがない。というか、その「中身」を示されて理解できる人は、数学者の中にだってそれほど多くはないようだし。しかし、IUT理論がどういう発想のもとで構築されたものかはよく伝わってくる。「よく伝わってくる」と思えるのは、これまでに啓蒙書オンリーではあるが、『素数の音楽』『フェルマーの最終定理』『シンメトリーの地図帳』あたりを、分からん分からんと思いつつ読んできた積み重ねがあるからかもしれないが。

惜しむらくは、「たし算とかけ算の一方をそのままにして、他方を少し変形する、あるいは伸び縮みさせ」(P175)た宇宙というのが、いったいどのようなものか、もう少し具体的に書かれていたら、と思う。もっとも、そのような宇宙は、それこそ普通の言葉では表現できないものなのかもしれないけど。

第6章「対称性通信」で詳しく語られる、モノ→情報(本書では「対称性」という性質)という流れを逆転させて、情報からモノを復元する、という発想からは、何だか昨今話題のmRNAワクチンについて、「情報だけ伝えて、ウイルス自体が感染する前に火星の基地でワクチンを用意しておく」なんて話があったのを連想してしまう…。

それにしても、理論物理にせよ数学にせよ、最先端に行けば行くほど、人間の知性や意識そのものをじっと覗きこんでいる雰囲気が強く出てくるなぁ。結局のところ、それは哲学ということなのだけど。

理論的な部分が始まるまでに、数学者の生態(?)がかなり詳しく紹介されているのも、非常に面白かった。まぁ雑談の多い授業というのはたいてい面白いものだ。

 

西浦博・川端裕人『新型コロナからいのちを守れ!』(中央公論新社)

すごく面白い。

テーマが深刻で、なおかつ未解決にして進行中の状況なので、面白いとか楽しいとか表現してしまうのは不適切なのだが、ついそう言いたくなる。

末尾を除いて対談形式にはなっていないが、「聞き手」は川端裕人。その川端の小説『エピデミック』を昨年5月に読んだので、この本はなおさら興味深い(西浦はこの作品でアドバイザー的な立場だった)。何しろ、小説に出てくる「2×2表」やFETP(実地疫学専門家養成コース)の人々が、今のリアルな状況のなかで活躍するのだから。

「8割おじさん」こと西浦は、つい昨日だかも「GoToトラベル」が第三波の到来に与えた影響を明示して話題になっている。「対策無しなら重症患者は85万人、その半数が死亡」という有名な予測を含め、彼の言動や、彼の参加したクラスター対策班/専門家会議が打ち出した対策などへの批判や不満が出るのは当然だし、その中には正当なものもあるだろう。

それにもかかわらず(いや、だからこそ)、彼らがどういう状況のもとで、どういう考え方に基づいて、そのような言動や対策に至ったかという経緯は、やはり面白い。面白いといって悪ければ、実に興味深い。

この本で語られている経緯のなかから、西浦、あるいは専門家会議の姿勢に何か問題を見出すとすれば、それは恐らく、「これだけやっておけば制圧可能」というスマートで効率的な対策に依存してしまった、ということなのではないか。

まっとうな科学者には想像もできないような愚にもつかない障害というものが世の中にはあって、その障害が発動した場合にはスマートで効率的な対策は無化されてしまう、という警戒が薄かったのかもしれない。もっとも、そうした状況を取り繕うことのできる二の矢、三の矢が実際にありえたかというと難しいところかもしれないが。

本書で語られているのは11月以降の「第三波」に至らない段階までの話なのだが、その後の推移も含めて、「答え合わせ」的な面白さもある。

新型コロナウイルスやCOVID-19、免疫のシステムやワクチン、PCR検査などに関する基本的な事項を知るという点では、先に読んだ『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』の方が優る。しかし、新興感染症への対応、あるいはもっと広い文脈において、この日本という社会に何が最も欠けていた(欠けている)かという示唆を読み取るうえでは、この本の方が価値は高いかもしれない。

浜田真理子『胸の小箱』(本の雑誌社)

以前からCDはほぼすべて聴いているくらいお気に入りの歌い手なのだが、何となく生で聴く機会を逃していて、昨年12月にようやくライブへ。

その流れで、エッセイ集も読んでみた。

何というか、この本自体が1枚のアルバムのように構成されているという印象。

著者とはほぼ同世代なのだが、その頃の地方都市の空気感というか、そういうものが伝わってくる気がする(気がする、というのは、私自身は直接には経験していないので)。

圧巻は、アルバム制作の過程を綴った2章、特に「but beautiful」。めっちゃ面白い。これは読みながら件のアルバムを聴き直さざるをえないでしょう。

新刊は入手できないので図書館で借りたけど、ライブのときにMCでオンデマンド出版の話をしていたのがこの本だったかな。入手しなかったのが残念。

 

 

 

『源氏物語(三)澪標~少女』(岩波文庫)

物語は徐々に次の世代へと移っていく感じ。

この巻は、巻末の解説(今西祐一郎氏)が実に面白かった。光源氏と藤壺の密通、その間に生まれた子の冷泉帝としての即位というこの作品の根幹ともいえる設定に関して、史実と虚構の関係に論及している。

続いて第四巻へ…。

 

 

峰宗太郎、山中浩之『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』(日本経済新聞出版)

2021年、いま読まずしていつ読む、という感じの、これ。

だいぶヒネったタイトルだが、これは良書。電子書籍ではなく紙で買うべきだったかもしれない。

ひとまずAmazonの商品ページで目次を見てもらえば分かるように、非常に情報量が多いのだが、「素人」ポジションの編集者が対談形式で専門家に話を聞くという構成なので、取っつきやすい(ただし私としてはだんだん冗長に思えてくる…)。

普及が期待される核酸ワクチンが孕んでいるリスクについてもたっぷり紙数を費やしているので、「ワクチン絶対拒否」派も(理論武装を兼ねて)ぜひ読んでおくべきだと思う。帯の「日本人がワクチンを打つ前に知っておくべきこれだけの真実」というフレーズも、いかにもという感じで、やり過ぎと思えるくらいの営業戦略が窺われる(笑)

また、とにかく無症状者にもガンガンPCR検査しないとダメだ、という「無制限PCR検査」論がいかに机上の空論であるか、そして感染拡大を防ぐのは「とにかく検査」ではなく○○○○であるという点も丁寧に書かれている。この本を読むと、公表されている数値をもとにいろいろ自分で計算してみたくなるのが面白いところ。

この本で特に優れているのは、ウイルス・免疫の専門家である峰氏が、科学者という立場にありながら、科学の限界をきちんと認識し、それを言葉で表現している点。そのうえで、「広報戦略と、やはり政治力」(第5章)の重要性を指摘しているところ。

しかし、「こうやって長いお話をゆっくりと読んでくださる方は、俗説や過激な話には、簡単に騙されることはないと思います」(第4章)とあるのだが、「コロナはただの風邪」や「ワクチン絶対拒否」、あるいは「無制限PCR検査」の人たちには、この本を読んでいる暇などない(婉曲表現)というのが残念な現実なのだ…。

高野秀行、岡部敬史、さくらはな。『将棋「初段になれるかな」大会議』(扶桑社)

棋書はいちおうノウハウ本ということで読書にカウントしないのだけど、これはまぁ特定の戦法の解説書とか詰め将棋などのトレーニング本ではないし、友人の紹介を機に読んだ本なので記録しておく。

私自身の棋力は、まぁたぶん3~4級くらいかなと思っているので、ちょうどこの本が想定する読者としてちょうどいいくらい、のはず。実際、なるほどと思わせる部分が多々あった。それにしても、お勧めされている棋書、いくつかはすでに持っている…。買っただけじゃダメだな(当たり前)。せめて『3手詰めハンドブック』は全部解こう…(これくらいなら別に余裕なのだし)。あと、足りないのは実戦か。ネット対局はあまり気が進まないんだよなぁ…。

 

三浦英之『白い土地 ルポ 福島「帰還困難区域」とその周辺』(集英社クリエイティブ)

この著者の本では『南三陸日記』に好印象を抱いていたので、数ヶ月前に出たこの本も読んでみた。

生で観覧したことのある相馬野馬追絡みの第二章も、そして記者みずから新聞配達を経験する第四章も良いのだが、やはり終盤に示される、東京電力にとっても日本政府にとっても、もはや福島第一原発の廃炉や被災地の復興は、別に順調に進めたからといって特にメリットのある案件ではなく、急いでやろうとするモチベーションもないのだ、という暗澹たる認識が重い。

新型コロナ云々は関係なく、そして準備してきたアスリートたちの気持ち云々は関係なく、東京オリンピックの招致・開催はすでに犯罪なのだ、ということを強く思う。

 

廣瀬俊朗『ラグビー知的観戦のすすめ』(角川新書)

2019年ラグビーワールドカップ(RWC2019)の直前に出版された本。

2012年~2015年のエディー・ジャパンでキャプテンを務めたこともある中核的な選手。RWC2015では出場機会を得られなかったにも関わらず、裏方としてチームを支え続けた2人のうちの1人。RWC2015後のシーズンをプレーした後、現役を引退。

というポジションだった廣瀬らしい、ワールドカップの主催者側でもなく、直接のチーム関係者ではないが、極めて現場に近い立場でワールドカップを盛り上げるために、どうやって楽しんでもらおうかという情熱が感じられる本。その情熱は、私は結局観なかったがドラマ『ノーサイド・ゲーム』への出演にも、そしてこの本でも熱く語られている、各国のラグビー・アンセムを歌って歓迎しようという「スクラム・ユニゾン」の立ち上げにも現われている。非伝統国・非強豪国での開催だからこそ「スクラム・ユニゾン」が可能なのだ、という思いは廣瀬自身も抱いていたようだ。

RWC2019がどういう結果に終ったか(勝敗だけではなく)を知っている今でも、というか今だからこそ、面白く読める本かもしれない。廣瀬の情熱は、十分に報われたのだ。

ラグビー観戦をどう楽しむかという入門書としては、まったく試合を観たことがない人には向かないかもしれない。RWC2019を機に何試合かラグビーの試合を観て、意味は正確に分からないまでも実況解説が使うラグビー用語にぼんやりと耳が馴染んできた、くらいの人がちょうどいいかもしれない。