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サン=テグジュペリ『人間の土地』(堀口大學・訳、新潮文庫)

だいぶ前に買ったはずだが会社に置きっぱなしになっていたのが目についたので、持ち帰り、読む。

美しく、人間への愛情に溢れた作品。どこかで聞いたことのあるようなフレーズは、そうか、これが出典だったのか、みたいなのもちらほら(「愛するということは、お互いに顔を見あうことではなくて、一緒に同じ方向を見ることだと」本書p216)。

若いうちに読んでおくほうが良かったかもしれないが、私の年齢で読んでも得るものは大きいように思う。

堀口大學訳はさすがに古めかしくて、これを読み切れない人は今どき大勢いるに違いない。とはいえ、恐らく原文もかなり詩的なものと想像されるので、詩の翻訳で名を馳せた人の訳というのは、ふさわしいのかもしれない。そもそも戦前の人の文章なのだ。新訳であまり読みやすくなってしまい、逆に時代的な距離感がなくなってしまうのも心配である。

とはいえ、さすがにね…。個人的には池澤夏樹に訳してもらいたい感じだ。光文社古典新訳文庫の渋谷豊・訳はなかなか悪くないようだ。ひとまず読んでみたいという人は、そちらで読む方がいいのではないか。

ただこの新潮文庫版は、表紙と巻末の地図、それに解説を宮崎駿が担当している。彼のファンは敢えてこちらを選んでもいいのかもしれない。

大森荘蔵『流れとよどみー哲学断章』(産業図書)

狸サイクルの遠山さんに勧められて読んでみた。

そうそう、哲学で一番面白いのは、こういう話だ。

最も簡潔な形では、「私は○○を見ている」というのはどういうことか、という問いから出発する問題、と言えるだろうか。

認識論。

これを問うことなしには、いかなる科学も真理も成り立ちはしないのだ。

そしてこの著者のもとでは、それは存在論にもつながっていく(「存在する」という概念の拡張)。

大部分は「朝日ジャーナル」に連載されたものということだが、いやはや、レベルの高い雑誌だったのだなぁ(大学生の頃は毎週買っていたけど)。

大学時代はこの著者にはまったく縁がなかったのだけど、気がつくと文庫本で2冊著書を持っている(1冊は坂本龍一との対談)。読んでみるかな。

葉室麟『影ぞ恋しき』(文春e-book、kindle版)

三月中にとっくに読み終わっていたのだが、時節柄いろいろ忙しく、アップが遅れた。

蔵人・咲弥夫妻もの第三弾にして、最後の作品。

先にも書いたように、この作品は新聞連載で読んだのだが、改めて読み返してみると、前二作のエピソードへの言及がずいぶんある。連載中には、前二作を読んでいないことをさほどハンデにも感じずに楽しめていたのだけど、こうして読むと、これにて完結という趣がある。

もちろんそれは、この作品の連載を終えて作者が急逝してしまったのを知っているゆえの先入観からかもしれない。作者としてはまだこの流れで後日譚を書きたかったのかもしれず。