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サリンジャー『フラニーとズーイ』(村上春樹・訳、新潮文庫)

竹内康浩・朴舜起『謎ときサリンジャー 「自殺」したのは誰なのか』(新潮選書)、小林秀雄賞受賞記念…というわけでもないのだが、昨年、同書を読んでやはり読み直したくなって買っておいたサリンジャーを読む(『大工よ、屋根の梁を高く上げよ/シーモア・序章』も買ってある)。

たぶん大学生の頃に一度読んだきりで、当時はそれほどインパクトがなかったのは、訳者の村上春樹が書いている印象と似ている。

若者を主人公にしているものの、それなりに年を重ねないと理解できない作品なのかもしれない。とはいえ、残念ながらというべきか、それともそうではないのか、何らかの理解を得られたと思ったときにはすでに遅いというか、いくぶん苦い後悔のようなものを抱かざるをえない。もちろん世の中には、もっと若い時分にこの作品から多くを得ることのできる優れた人もいるのだろうけど。

ま、もっと早く読み直していればという気はしつつも、これから何年生きるか分からないけど、それでも今読んだ意味はあるはずだ。

それにしても、Amazonの惹句にある「ズーイは才気とユーモアに富む渾身の言葉で、自分の殻に閉じこもる妹を救い出す」というのは、ずいぶんシンプルな解釈だなぁという気がする。そういう話ではない。

 

高木和子『「源氏物語」を読む』(岩波新書)

前書きによれば、これを読んで「『源氏物語』を読んでみよう」という気持ちになってほしい、というスタンスで書かれているようだが、Amazonの惹句だと、「何度も通読した愛好家にも、初めて挑戦する読者にも、新たなヒントが詰まった一冊」とされている。

いちおう原文通読は果たしたので、まとめと言うか、復習というか。

何しろ岩波文庫版の注釈や解説が詳しかったので、この本を読むことで、個別に「なるほど、あそこはそういうことだったのか」と謎が明かされるという部分はそれほど多くないのだけど、それ以上に、「え、この物語って、実は全部○○だったのでは?」という、ある種の妄想を思いついてしまい、そこから逃れられなくなってしまった(笑)

それはさておき、この後、現代語訳(与謝野晶子訳ならば青空文庫で読める)や『あさきゆめみし』あたりも読んでみたいと考えているのだから、『源氏物語』の、いわば中毒性は相当なものだなと思ってしまう。

 

『源氏物語(九)蜻蛉~夢の浮橋』(岩波文庫)

最終九巻は半分くらいが年表や和歌一覧、人物索引なので、本編は短い。浮舟が横川の僧都に拾われるあたりが説話っぽくて何だか馴染みやすくスラスラ読めるので、そのせいもあって、この巻はあっというまだった。

2020年8月中旬に読み始めたので、ちょうど2年で読破したことになる。高校3年の冬に中断して以来、37年ぶり、か。

何にせよ、叙事詩でもない、これほどの長編が1000年も前に書かれ、今も読み継がれているということ自体が素晴らしいことなのだけど、読めば分かるように、この作品自体が、漢籍にせよ和歌にせよ物語にせよ、それ以前に成立していた豊かな文学的伝統に立脚して書かれているという、その分厚さに心を打たれるものがある。

これほどの作品なので、もちろん読み方はいろいろあるのだろうが、やはり時代や地域を超えた普遍的な要素は、男女の仲であり、生と死の無常さだよな、という気がしてならない。

ところで、全編を読み終わっての結論なのだけど、この岩波文庫版は、けっこうおすすめである。対訳ではないのだけど、ほとんど対訳と言ってもいいくらい注釈が親切なので(各帖の冒頭にはかなり詳しいあらすじも付いている)、むしろ、左側のページ(注釈)ばかり追って右側のページ(原文)を飛ばしてしまわないように心がけなければならないほど。最初のうちは、「え、なんでこの文については注釈がないの?」などと思うのだけど、読み進むにつれて、そういうところは注釈がなくても分かるようになってしまうところが面白い。

読み始めて、やはり古語辞典が必要かと思い、実家から高校時代に使っていたものを回収してきたのだけど、この『源氏物語』を読む中で調べたい言葉を引くと、まさに気になった当の一節が例文として引かれている場合が非常に多く、なるほど、日本の古典というのはこの作品を軸にしているのだな、ということが痛感される。まぁそんなわけで、次第に「この作品が理解できればいいか」と思って、辞典を引くことも疎かになってしまったのだけど。

いくつもある現代語訳を読むというのも一つの道だし、今さらながら興味がなくもないけど、原文で通読した後、あえて読むのであれば、むしろ大和和紀『あさきゆめみし』かなぁ。

それにしても、この先、世の中がどれほどひどくなっていくとしても、あるいは自分が不遇を託つことになるとしても、こういう本を読む喜びがある限り、なにがしかの救いは常にあるような気がしてくる。

 

『源氏物語(八)早蕨~浮舟』(岩波文庫)

宇治十帖に限らず全編に共通することだが、もちろんこの作品がすべてを物語っているわけではないにせよ、この時代の女性は一人前の人間として扱われていなかったのだなぁという思いを強くする本巻である。

それにしても、薫というのはひどい奴だね。こいつがすべて悪いんじゃないかと思えてくる。そんな評価をされることはないのかもしれないし、そもそも作中でも悪く描かれているわけではないのだが。

さて、いよいよ最終九巻へ。