月別アーカイブ: 2018年6月

伊藤和夫『予備校の英語』(研究社出版)

この著者について語ろうとすると、私がどのような経緯で翻訳の仕事をやるようになったのかを縷々書き連ねることになるが、さすがにそれは長くなるなと思って、止めた。

まぁ一言でいって、高校のときにこの人が書いた『英文解釈教室』で勉強していなかったら、今この仕事には就いていなかっただろうと思う。

この本は、どのように英語を勉強するかではなく、どのように教えるかという視点から書かれたもので、著者の書いた参考書群に大変お世話になった身としては、舞台裏が窺えてなかなか面白い。もちろん、大学受験の英語を軸にした日本の英語教育に対する貴重な批判でもある。

 

サマセット・モーム『お菓子とビール』(行方昭夫訳、岩波文庫)

『英国諜報員アシェンデン』に続き、モームを読む。これも大学時代の友人による紹介なのだけど、訳者が大学の一般教養課程の時に英語の授業でお世話になった人なので、気になった。教材はチェスタトンの随筆集『棒大なる針小(Tremendous Trifles)』だったはず。お世話になったといっても、もちろん私はあまり講義には出席していなかったはずだが(笑)

会社の後輩の披露宴に出席したらこの先生が仲人だったので挨拶したのだが、もちろん教養課程だけで英文科に進んだわけでもない不良学生のことなど覚えていらっしゃるはずもない。

それはさておき。

著名な作家(故人)の伝記を執筆することになった知人から、たまたまその文豪の前半生に付き合いのあった主人公が、あまり知られていない当時のエピソードを教えてくれと頼まれ、気が進まないながらもいろいろ思いだしているうちに、文豪本人ではなく、その傍らにいた女性のことを鮮やかに思い出す、という構図。

ストーリーそのものもなかなか面白いのだけど、知人と主人公のあいだの、けっこう皮肉(嫌味とまでは言わない)に満ちた会話が良い(主人公はその知人のことをあまり好んでいないが、世渡り上手の知人は、主人公とも良い関係にあると思っている。が、皮肉を言われていることはよく分かっていて受け流す、やや軽薄だが愚劣ではない、それなりに出来た人物)。

最後の回想エピソードの手前、リアルタイムの本筋としては最後の場面で、主人公の言葉に対する、文豪の未亡人の反応が味わい深い。

ぜひ読むべき名作というわけでは全然ないだろうけど、佳品。むろん、男性視点に偏っているきらいがあるのは時代ゆえの制約だろうが。

あ、翻訳はところどころ文句を付けたくなる部分があったけど、まぁこれも、昔の翻訳はこんなものだな。

 

 

 

 

芹澤健介『コンビニ外国人』(新潮新書、kindle版)

これまた大学時代の友人が紹介していて気になった本。彼がこの本に出会った経緯が面白いのだけど、それはさておき。

実際、家の近所であれ、会社の近所であれ、私が訪れることのあるコンビニにも、必ずと言っていいほど日本出身らしからぬ店員がいる。あの人たちは、どういう経緯で、あそこで仕事をしているのか。そういう興味をちらりとでも抱いたことのある人は少なくないはず。

そういう切り口から、少子高齢化・人口減少、そして「2020」後に必然的に生じると思われる日本経済・社会の衰退といった問題へと視野を広げていく好著。

といっても、必ずしも暗澹たる未来を描いているわけではなく、希望のある、それも(今のままの政策ではダメなんだけど)それなりに現実味を感じられる希望のある道筋も提示されている。

本書のなかで「労働力を呼んだら、来たのは人間であった」というスイスの小説家の言葉が紹介されているのだけど、その「人間を呼ぶ」というのが、希望として見えてくる気がする。

 

J. K. Rowling, Harry Potter and the Order of the Phoenix (Kindle version)

シリーズ最長なのかな。先週は家人が病を得て一緒にラグビーの録画を観戦する時間が減ったので、その分、読書の時間が増え、無事に読了。

教訓としては、何かを渡されたら、早めに開封してメッセージを読んでおくべし。

筋とは関係のないところで思ったこと(関係ないといっても、この巻ではそういう場面がたっぷり描写される)。

このシリーズでの魔法って、基本的に「杖(wand)で対象を狙って(point)、呪文を唱える」という作法。そうするとビームが出て(魔法によって色が違う)、相手に当たれば魔法が効く。だから、身体の動きや障害物で相手のビームを躱せば、無事。

ということは、魔法学校では、Defense against the Dark Artsの面でもっと「体育」に力を入れて、跳んだり跳ねたりの能力を磨いておいた方がいいのではないか、と。あと、相手のwandを奪ってしまえばけっこう無力化できそうだから、接近して肉弾戦を挑むのも有効ではないか。

なんてね。

シリーズはあと2巻。こうなると勢いで完走してしまいそう。

 

 

 

金子雅臣『壊れる男たち―セクハラはなぜ繰り返されるのか』(岩波新書)

何かのキッカケで目に留まり、図書館で借りて読んでみた。12年前の本なのに、昨今の事例を見聞きすると、あんまり改善されていないのかなぁと暗澹たる気持ちになる。

この本で取り上げられる事例は、そのまま刑法犯に問うことができるくらい酷いものが多くて、さすがに自分には思い当たる節はない(あったら大変)。

でも、たとえば容姿に関することとかプライバシーに踏み込む話とか、ひどければ性的な含意のある話とか、セクハラとしてカウントされる言動だったら、自分でもやってしまったことがあるはず。

ただ、この本の事例に共通する「仕事上の権力関係をバックに」というのは、ないな。遊びに誘うことはあったけど、「仕事の話がある」などと呼び出すことは絶対にない(笑)(そもそもそんなに職場において権力があるわけではない……いやあるんだけど、本来の意味でも使う気がない)

 

池明観『「韓国からの通信」の時代』(影書房)

何だかんだと四半世紀にわたって翻訳の仕事を続けているが、そのなかでも特に印象深い仕事の一つが、『追悼集・安江良介 その人と思想』という本に収録された2本の追悼文の和訳である(つまり元は英語で寄せられた追悼文だった)。そのなかで、雑誌「世界」に掲載された「T・K生」という匿名筆者による連載「韓国からの通信」への言及があった(あって当然なのだが)。

本書の存在を知って「ああ、この人(著者)が例のT・K生さんなのか」と思って、読むことに。

読んで、衝撃を受けた。何にって、自分が隣国の状況にあまりにも無知だったことに。

そりゃまぁ、朴正熙(朴槿恵の父親ですな)については1979年に暗殺されているから、まだ中学生になるかならないかだった私が名前くらいしか覚えていなくても無理はない(「ボク、大統領!」とか言ってましたな、ガキだから)。

でも、その後を受けた全斗煥政権の時期は私が大学生だった頃と重なっているわけで(全斗煥は1988年退陣)、しかも私自身、周囲に比べれば政治意識の高い学生だったはずなのに、これほど苛烈な民主化闘争が戦われていたことについて、ほとんどまったく無知だった。「光州事件」という言葉くらいを知っていた程度か。本書の後半では、朝日新聞がこの状況についての報道を頑張っていた状況が語られるのだが、当時、我が家は朝日新聞を購読していたのになぁ……(「世界」は読んでなかった)。

学生自治会などの場でも、「韓国学友に連帯しよう」みたいなテーマが出ていたような記憶がない……。

で、もちろん本書は明確に一方の立場から書かれたものであるという留保を念頭に置きつつ、それでもなお「独裁体制と民主化勢力のあいだの戦いというのは、こういうものなのか」とか「韓国国民(の少なくとも一部)のあいだに日本に対するネガティブな感情があるとすれば、過去の植民地支配などと並んで、この時代の日本の政策にも原因があるんじゃないか」といった知見、そしてもちろん今般の朝鮮半島情勢について、相当に広角レンズ的な背景把握も与えてくれる本であるように思う。

図書館で借りたときには「あ、こりゃ期限内には読み切れないな」と思ったのだが、1週間延長して、結局完読してしまった。三部構成で、基本的に同じ流れを視点を変えつつなぞっていくような作りなので、読み進むにつれてペースは上がる(背景知識が整っていくから)。

で、図書館で借りて完読したのだけど、これは買おうと思う。ソフトカバーの本にしては高額だけど。