月別アーカイブ: 2018年8月

木村紅美『雪子さんの足音』(講談社)

著者は個人的な知人でもあり、応援の意味も込めて書きたい。

…のだが、読了して「これは売れないよな〜」と思う。これが芥川賞候補作に選ばれるというところに、むしろ芥川賞の良心を感じるくらい。

仮にこの作品が芥川賞を獲っていたならば多くの人の目に触れるのだろうけど、Amazonには「どこがいいのかわからない」という評価が並びそうな気がする。

でも結局のところ、「どこがいいのかわからない」のが人生なのだろうな、と思う。

基本的には青春の思い出話。でも、甘美な要素はほとんど一つもない。「あんなふうにするべきではなかった」という後悔はあっても、では別のようにしていればもっと素敵な何かが起きていたのかというと、そうでもない。「ああしなくてよかった」という納得はあっても、そのおかげで誰かが幸福になれたのかというと、そうでもない。

何年か前に読んだ『海炭市叙景』をふと思い出した。あと、だいぶ前に村上春樹『若い読者のための短編小説案内』で取り上げられている作品を片っ端から読んだのだけど(一つも読んだことがなかった)、そのあたりの一連の作品をふと思い出した。たまたま庄野潤三の『夕べの雲』をkindleで購入したので、次はそれを読もうかな。

※ つい「これは売れない」と書いてしまったが、何度か増刷がかかっているらしい。映画にもなると聞いた。良いことだと思う。

※※ 細かなことだけど、五日市街道とJR高円寺駅を結ぶ道を「坂道」と書くのが良い。「坂なんてあったっけ」と思うくらい緩やかなのだけど、疲れた足で歩いたことのある身にとっては、あれは確かに坂道なのだ。

 

J. K. Rowling, Harry Potter and the Deathly Hallows (Kindle version)

というわけで、完結。

これまでの巻では基本的に学校での場面がほとんどで、さすがに校内の情景描写に飽きてくるし、クィディッチや授業、テストにちょっとウンザリしていた。まぁ、同じように日常のかなりの部分を学校で暮らしている少年少女向けと考えれば、それもしかたがないのかな、という印象。

一転、この最終巻では8割方、学校外(イギリス各地)を転々とする展開で、その意味ではこれまでとはガラリと雰囲気が変わるのだけど、逆にそのせいで、学校に戻ってきたときの「戻ってきた」感が高まって、上手い構成だと思う。状況はどんどん悪化していくのに、学校に戻って仲間と再会することで高揚する感じ。クライマックスを前にクィディッチの最初のメンバーが揃うところも泣かせる(まぁせっかくだから出してあげた、程度の印象ではあるが)。その意味では、Viktor Krumも最強Broomstick部隊を率いて駆けつけてほしかった。

物語の収束は、ちょっと無理矢理の感じもあるけど、まぁこんなものだな(笑)

映画も借りてこようかと考え中。

サイモン・シン『フェルマーの最終定理』(青木薫訳、新潮文庫)

どなたかがTwitterで紹介していたので読んでみた。この文庫版が2006年、単行本が2000年出版とそれなりに古いのに、数学分野でAmazonのベストセラー1位になっているのも頷ける傑作。

私自身は下手の横好きというか、数学関係の本はときどき手を出しているので、たとえば本書の「補遺」に収録されている程度の話は目で追うだけで理解できるのだけど、それはつまり、私にでも分かるその程度の証明でさえ本文からは追い出しているという意味なので、実際のところ、目にする数式は、本題であるフェルマーの最終定理の式の他いくつか散在しているだけで、しかももちろん、それらの式の操作を理解することは読者には求められていない。

にもかかわらず、証明に至る戦略というか、どういうアプローチによって苦心を重ねたか、何が成功のきっかけをもたらしたかということは、素晴らしくよく伝わってくる。

いわば、世界の最高峰に登頂する登山家たちを上空からのテレビ中継で眺めているという印象。もちろん自分自身では登頂できるわけはないし、彼らがどのように身体を使っているかという細部はまったく理解できないのだけど、どういうルートを試み、他のスポーツ用に開発されたアイテムが使えるのではないかと試し、また行き詰まり、別のルートに切り替えてアプローチしているかはよく分かる。つまり、中継チームの腕がいいのである。むろん、そのような登山の実況中継など至難の業だろうという点も含めて。

実際には読んでもらわないと説明は難しいのだが、やはり面白いのは「橋を架ける」話のあたりかなぁ。

図書館で借りて読んだのだけど、これは家人も読みそうだし、買うことにしようかな。

 

 

 

 

 

井戸田博史『夫婦の氏を考える』(世界思想社)

夫婦別姓(別氏)の問題について、何というか理論武装でもしようかと。

本書の結論は「選択的夫婦別氏」の導入が望ましいという今となってはごく当たり前のものだが、結婚・離婚や養子、家制度などについて、けっこう面白く読ませる本になっているように思う。2004年刊行とちょっと古いのだけど、版元品切れになっているようなのが残念(私は図書館で借りた)。