月別アーカイブ: 2024年5月

藤岡換太郎『山はどうしてできるのか』(講談社ブルーバックス)

諏訪地方を頻繁に訪れていることもあって、この著者の『フォッサ・マグナ』を読みたいと思ったのだけど、パラパラと冒頭をめくったら、地質学に馴染みのない人は『山はどうしてできるのか』から読んでほしい、みたいなことが書いてあったので、先にこちらを。

この人の著作は、先に同じブルーバックスで『見えない絶景 深海底巨大地形』『天変地異の地球学』を読んでいるのだが、この『山はどうしてできるのか』が、タイトルは地味なのに一番面白かったかもしれない。『三つの石で地球がわかる』も読みたくなる。そしてたぶんその「三つの石」からは外れるのだけど、この本を読むと沖縄とヨーロッパアルプスの共通項が見えてくるのは実にエキサイティングである。

2012年1月の刊行だが、日本海溝に関する記述の中で東日本大震災への言及はない。行方不明者も多い中で何らかの気遣いがあったのだろうか。しかしこういう学問をやっていると、火山の噴火や地震があっても、災害というよりむしろ学術的な興味の方が先に来たりするのだろうなぁ…。

池内恵『サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(新潮選書)

たぶん政治的な立ち位置としては自分と著者とはけっこう乖離があると思うのだけど、専門領域における識見はもちろん敬意を払うに値する。Twitter(現X)上でのコメントでいろいろ絡まれているのを見ると、逆にこの人が真っ当な知識人であることが浮き彫りになってくるような感じ。

この本は2016年刊行なので昨年来のガザの状況とかにはもちろん触れていないし、地域的にももう少し北寄りに重点があるのだが、もちろん昨今の状況を理解する上でも有益。

クルド人をめぐる歴史や現状(といっても10年近く経っているので変化はあるだろうが)にけっこう比重が置かれていて勉強になった。

地図が豊富に挿入されているのもポイントが高いところで、いちいち前の方に戻って地図を参照するといった手間がかからず、読者に優しい。

ただしもちろん、「なるほど、そうすれば解決に至るのか」という分かりやすいソリューションを提示する本ではない。

 

岩永直子『今日もレストランの灯りに』(イースト・プレス)

特に新型コロナ禍が始まって以来、医療ジャーナリストである著者が手がけた諸専門家へのインタビュー記事には多くのことを教えられてきた。

その著者のエッセイというか、イタリアンレストランでバイトした経験を綴った書。

う~ん、書く対象(バイト先のレストラン、シェフ、常連客)との距離の取り方が近すぎて、読者としては却って引いてしまう印象がある…。noteで綴られてきた「バイト日記」がベースということで、確かにウェブで読むならいいけど、紙の書籍だとちょっと…と感じてしまうところが、そもそも私は読み手として感覚が旧いのかもしれない。

ただ、その中でもやはり本領(?)発揮というか、医療ジャーナリストとして日々書いている内容との整合性に葛藤する章(「休めない、帰れないシェフ」)は出色。あとはALS患者の配偶者を持つ常連客について書かれた章。

来月には医療ジャーナリストとしての単著が出版されるとのこと。そちらにも期待。

 

周司あきら、高井ゆと里『トランスジェンダー入門』(集英社新書)

けっこう前だがアイリス・ゴッドリーブ『イラストで学ぶジェンダーのはなし みんなと自分を理解するためのガイドブック』を読んでいたので、ある意味、トランスジェンダーに特化した復習という感じ。ただしこちらの方が日本の事情に密着していて、ある意味、生々しい印象はある。

性別というのは、世界を分節して認識する仕組みという意味で、一種の「ことば」なのだなぁと強く感じる。「ことば」だけに、そこから脱して/外れて思考することは、たぶんそれなりの訓練を受けていないと難しい。トランス男性/トランス女性も、その仕組みじたいを抜け出ることはないままに、その中で自分の位置付けを定めるのに苦心しているように見える。

もちろん、その枠組の中で苦しまずに済むような社会の構築が「とりあえず」急務なのは当然として、しかし根本的には、この本の中でも再三にわたって言及される、ノンバイナリーな考え方、二分法の仕組みに囚われない考え方が必要なのだという気がする。