近藤史恵『スティグマータ』(新潮文庫)

というわけで、サイクルロードレースものの長編第三作。

第一作『サクリファイス』についても言えるのだが、登場人物がめぐらす策謀(プロット)が、やや作為的にすぎる気がする。いや、策謀なのだから作為的なのは当たり前なのだけど、ヒネりすぎて無理があるように思う。

具体的には(以下ネタバレ注意)、登場人物の一人が序盤で主人公にある依頼をするのだが、むしろその依頼は、その登場人物がめざすもの達成を妨げてしまう結果になっていないか。全体的に、目標の設定と、そのために選択する手段のバランスが取れていないようにも思う。

それとも、主人公の推理が「考えすぎ」だったのか。こちらの方が可能性は高いように思うけど、そうするとこの小説のプロットが死んでしまう。う~む。

というわけで、やはりこの連作、ミステリとしては今ひとつのような気がするのだ(笑)

(追記:『エデン』はよく出来ている。人の生死に関わる部分はとてもパーソナルな話なので「謎」としては小粒であり「ミステリ」と呼ぶにはふさわしくないかもしれないけど、感情の機微をうまく描いている)

とはいえステージレースの展開は前作同様に面白いし、主人公の人格描写という点で、いよいよ彫啄が進んできたようだ。つまり、彼にとって自転車で走るとはどういうことなのか、という哲学めいた問いへの答えが、作を重ねるごとに鮮明になりつつあるように思える。そして、私としては、このシリーズのそういった部分がとても好きだ。

 

近藤史恵『エデン』(新潮文庫)

『サクリファイス』に続いて、こちらも。

ストーリーとしての完成度は、『サクリファイス』よりもこちらが優るように思う。前作における準主人公の選択はあまりにも無理があるように思うが、こちらはそうではない。

何より、現実同様に三週間にわたるグランツールの展開を、ここまで面白く構築できるのはさすがである(まぁスプリンター向きのステージは事実上無視しているとも言えるが)。

これまた、初読のときに比べ、痛切に胸に迫る部分をいくつも発見したのは、前作同様である。

さて、次は『スティグマータ』。これは初読になる。

 

近藤史恵『サクリファイス』(新潮文庫)

別の本を読み始めていたのだけど、ツール・ド・フランス開幕ということもあって、家人が同じ著者のサイクルロードレースもので最も新しい(といっても3年前か)『スティグマータ』を読み始めたのに刺激されて、シリーズの最初の作品であるこれを手に取った。再読か、再々読か。

最初に読んだときは、「ミステリとしては大したことはないが、サイクルロードレース観戦への入門書として、これほど優れたものはないのではないか」という感想を抱いたように記憶している。

その印象は再読しても変わらなかったのだが、何だか今回はえらく心に響く感じが強かった。展開や結末を知っているからとか(実際には私の記憶は、まったく別の著者の小説と混ざっていた)、続編を読んだことで主人公への感情移入が高まっているというわけでもないと思うのだが…。初読のときは特にどうとも感じなかった高校時代の失恋エピソードも、今回は妙に泣けた。単に私が年を取ったということなのかもしれない。年を取ることで、以前は感動できなかった本に感動できるとすれば、それはとても幸福なことだろうと思うのだけど。

それにしても、サイクルロードレースにおける「アシスト」という視点を選んだのは、著者にとって、たいそう豊かな鉱脈を探り当てたと言ってもいいのではなかろうか。

当然ながら、続いて『エデン』へ。

角田光代・河野丈洋『もう一杯だけ飲んで帰ろう』(新潮社)

考えてみれば、私にとってこの手の飲み歩き・食べ歩き本というのは、たいていの場合は先達、つまり自分よりも年上で世慣れた、いろいろ良い店を知っている「大人」が書くもの、という位置付けだった。しかしこの本を読んでいて、ふと「あれ?」と思って著者紹介を見たら、角田光代は私と同年代だった。

うむ、自分もそれくらいの年になってしまったのだなぁ。

そして、この本で紹介されている店は、わりと自分の行動圏に近いエリアが多いのだけど、では、この本で魅力を感じた店に行ってみようかという気になるかというと、それはない。

これまでご縁のなかった新しい店を積極的に開拓していこうという意欲が低下しているのも年齢ゆえかもしれないし、そもそも、これまで自分が馴染んでいた店がそれなりにあって、外食するのであれば、むしろ「あの店しばらくご無沙汰しているなぁ、久しぶりに顔を出さないとなぁ」という動機の方が大きくなっている、というのもある。

あと、共著者2人の食べ物の趣味は異なっているようだが、どちらかと言えば、肉・辛いもの・エスニック系に向かいがちな角田光代よりも、出汁・野菜系が好きというパートナー・河野丈洋の選ぶ店がもう少し多く採用されていれば食指が動いたかもしれない。

そういえば角田光代の作品はこれまで一冊も読んだことがないのだけど、これを機に何か読んでもいいな、と思った。河野丈洋という人については、ミュージシャンのようだけど知らないなぁと思って読み進めていったら、自分が観た芝居の音楽を担当していた人だということが分って(この本では2作品が出てくる)、びっくり。そういえばその劇団のパンフレットに主宰と角田光代の対談も載っていたな。ご縁があるのか。

 

中桐啓貴『日本一カンタンな「投資」と「お金」の本』(クロスメディア・パブリッシング)

「老後2000万円不足」問題が盛り上がるなか、投資を語る本というのはどのようなものか、読んでみた。

株式会社や資本主義の成り立ちについてあれこれ語るのだけど、そのへんがどうしようもなく浅いのは無理な注文というものだろうな。外部不経済の問題とか加味すれば、そこまで資本主義万歳という話にはならないはずなのだが、まぁそういう本ではない。とはいえ、そもそも銀行預金だって資本主義におけるマネーの流通を支える極めて重要な柱だったわけで、かつてはリスクのわりにはそれなりの金利もついていたのに、それがどうしてこうなったか、というあたりにまったく目配りがないのは、さすがに物足りない感がある。

投資(資産形成、か)で成功するには長期保有・分散投資が重要という結論は、まぁそうだろうな、という印象。その意味で、投資入門としては良心的な本なのだろうけど……。

 

白井聡『永続敗戦論』(講談社+α文庫)

やはり日本には一度この本で書かれているような意味での「革命」が必要なんだろうなぁ。もちろん共産革命ではなくて、人間革命……は創価学会になっちゃうか(笑) あ、そうか文字どおりの意味で「市民革命」と呼べばいいのかもしれない。

先日来すこし話題になっている半藤一利のインタビュー記事も想起される。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190621-00010004-friday-soci

図書館で借りたけど、やや消化不良の感があるので、これは購入して再読すべきかもしれないなぁ。

保守論客に分類される人たちだけど、福田恆存や江藤淳あたりにも興味を惹かれる。

あ、それと「解説」は何だかよく分からなかった。廣松渉への言及なんてあったかな。直接言及はしていないけど、それと察するのが当然、みたいな話?

 

ジャック・ヒギンズ『鷲は飛び立った』(ハヤカワ文庫NV)

先日読んでめっぽう面白かった『鷲は舞い降りた』の続編。

これまた面白く1日ちょっとで一気に読んでしまった。とはいえ、まぁ二番煎じと言ってしまえば、それまでの本。Amazonのレビューで「作者自身による二次創作」とあったが、言い得て妙である。

たとえば『鷲は舞い降りた』が連載小説だとすると、中盤を過ぎたあたりから「○○さんを死なせるのは許せない!」みたいな剃刀入りのファンレターが届きそうなものだが、そういうファンの声に応えて書かれた続編、みたいな印象である。

本編同様、ナチスドイツ上層部内での対立、ナチスに好意的でないドイツ将官、優れた策略、スリーパーセル的存在、一癖ある「運び屋」など、この手の話を面白くするための必須要素は漏れなく揃っている。第二次世界大戦の推移や展望をきちんと盛り込んでいるところも巧み。

作品としては本編の方がはるかに上なので、その登場人物に魅力を覚えた人以外は、これに手を出す必要はないだろう。ということは、たぶん、本編を読んだ大半の人は読むべき本なのである。

 

津原泰水『ヒッキーヒッキーシェイク』(ハヤカワ文庫JA)

このあたりの作家・作品にはひどく疎いのだけど、例の「事件」をキッカケに名前を知り、それならばと応援の気持ちも込めて、買って読んでみた。

『鷲は舞い降りた』の直後というのはさすがに分が悪すぎたか…とはいえ、同列に論じなければそれはそれで失礼であるという気もするし…。

読後、なぜ心躍らなかったのかをツラツラと考えてみたのだけど、主人公たちが関与する「プロジェクト」があまりにも小粒でせせこましいからだ、という結論に達した。「不気味の谷を越える」には(AI方面への関心がそれなりに強いこともあり)ちょっと期待を高めて読み進めたのだが、その落ち着く先が(と、ここはネタバレ回避のため省略)……では、さすがに拍子抜けしてしまう。まぁチャーチルを誘拐しろとは言わないけど、もう少し大きな志が欲しい気もする(と、結局比較している)。

いや、本来は純文学系の読者で、「大きな物語」のカケラもないような私小説的な作品もむしろ好きなくらいなので、話が小粒という点は必ずしも欠点にはならないのだが……。

とはいえ、さすがに「現代最高の小説家による新たな傑作」という惹句は誇大表現に過ぎるだろう。この手の話を書かせるなら川端裕人の方が緻密かつスケールも大きい気がするし(同い年なんだな)。

あ、とはいえもちろん、ラストで主人公が見上げる夜空に流れ星が走るようなレベルではありません。

 

 

ジャック・ヒギンズ『鷲は舞い降りた』(菊池光・訳、ハヤカワ文庫NV)

会社の後輩が宇宙関係の翻訳をやっていて、「アポロが月に着陸したときの連絡って、”The Eagle has landed.” だったんですね」と言うので、「それって何だっけ。ああ、『鷲は舞い降りた』か」と未読でもタイトルだけはすぐに思い浮かぶくらい有名な作品。NASAがフレーズを小説のタイトルから借用したのなら粋だなと思ったが、アポロの方が先だった。着陸船がEagle号だったのは、アメリカの国鳥だからという理由のようだ。

で、タイトルを知っているわりには何となくご縁がなかったのだけど、ふと興味が湧いて、図書館で借りてみた。

う~ん、有名であるのも当然。

えらく面白かった。これを読むと賢くなるとか、世の中の見方が変わるとか、そういう本ではないけど、エンターテイメントとして上等。

戦争・スパイ・アクション・サスペンス系というジャンルが極端に苦手な人以外には、文句なしにお勧めできる(何を今さら、と言われそうな著名作品ではあるが)。

扉部分の著者の言葉からも、序章(著者ヒギンズが不可解な墓碑銘に出会って、その謎を探り始める)からも、物語の軸になっている「作戦」が何を狙いとしていて、どのような結果に終るのかは分ってしまう。もちろん歴史的な事実から判断して、そのような結果は当然なのだけど、いずれにせよ「冒頭でそれを書いちゃっていいの?」と思うくらい。

それにもかかわらず、その後の展開が実に読ませる。作戦の準備が進んでいく様子も緊迫感があるし、そのような結末につながる決定的な転機も非常に印象的。

そのうえ、死んでいった者たちには教えたくない、不条理などんでん返しも待っている(そこまでやらんでも、という気もするが)。

ううむ。

しかも、この作品が重要な伏線になっている続編『鷲は飛び立った』まであるというではないか(これも図書館で予約してしまった)。

翻訳は菊池光。覚えがある名前だと思ったら、一時期何作か夢中で読んだ(そしてまた読み返したい)「スペンサー」シリーズの訳者。会話の語尾などに違和感がなくはないが、もちろん読ませる。

 

ヤニス・バルファキス『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』(関美和・訳、ダイヤモンド社)

仕事上の必要性もあって、読んでみた。日・月と電車での移動時間が長かったせいもあり、2日で読めた。

確かに分かりやすく面白いけど、まぁそのぶん物足りないというか、特に斬新なことが書いてあるわけでもないので、驚きや発見はそれほどなかったかな…。いわゆる経済記事を読むのがあまり苦にならない人は読む必要のない本だと思う。まぁこの手の本は過大評価されがちではある……。

翻訳は悪くない。原文に当たって確認したいところは数カ所あったけど、たぶん原文の方に問題があるのではないかという印象。柔らかく書かれたものを柔らかく訳すことは簡単ではないのだが、これはうまく行っていると思う。ただ、moneyを「おカネ」と訳すのだけは頂けない(これも原文に当たらないと分らないけど、意を汲んで「金利」とすべきだったのでは)。