2019年に読んだ本」タグアーカイブ

プルースト『失われた時を求めて(13)』(吉川一義・訳、岩波文庫)

完結まであと2巻というこの段階に来て、う~む、やはりこれは凄い作品だと思えるようになってきた。

時間論・存在論という意味で、先日読んだフッサールの哲学に関する本あたりと共鳴しあう感じ(実際、さらにその前に読んだ『時間とはなんだろう』には確かこの作品への言及もあった)。

そういう非常に扱いにくいテーマを、難解な概念とか七面倒くさい論理展開を使わずに、小説の主人公による経験という文学/芸術表現で一挙に実感してしまおう……というより、それこそが文学/芸術なのである、というのが作者の立場なのだろう。

で、本巻のクライマックスでは、そういう主人公(本来、作家志望である)の悟りが縷々語られ、読者にとっては、ここに至るまでが長かっただけに、非常に感動的。

……とはいえ、ここまで延々と読んでこないと「これ」に到達できないというのは、普通の読者にとっては辛いよなぁ、とも思う(笑)

うむ、この悟りから出発して、できればその精髄を表現するような文庫本1冊くらいの中編を書いてくれれば世のため人のためになったのに、と思ってしまうのだが、現実がそれを許さなかったのが残念。

とはいえ、本来「長い小説」を好む傾向がある私としては、この巻でも、大長編の終盤ならではの魅力(たとえば「ああ、あの人がこうなってしまったのか」みたいな感慨)もたっぷり味わえたのであった。

残すは1巻。訳者あとがきによれば、この夏の刊行をめざすとのこと。そして、恐ろしいことに、もう一度最初から読み返したい誘惑に囚われている…。その意味でも、やっぱり名作なんだな。

 

川端裕人『クジラを捕って、考えた』(徳間文庫)

日本のIWC脱退という「呆れて物も言えない」レベルのニュースに接するなかで、捕鯨といえば、この本が家にあるのに読んでいなかったなと思い出し、迂遠なようだが引っ張り出してみた。

1992~93年の調査捕鯨に著者が同行取材したルポルタージュ。

読み始めてすぐ、四半世紀前に「新人」としてこの調査に参加した調査員・船団員の青年たちは、いまどうしているのだろう、ということに思いを馳せる。もう40代半ばを越えているわけだが……。などと考えながら読み進めると、本書終盤で「10年後、20年後はどうしているのだろうね」と語り合う場面が出てきて感慨深い。これについては、「あとがき(調査から数年後)」「文庫版あとがき(調査から10年以上経過)」でも触れられているのだが、これから読むかも知れない人のために、その中身は伏せておこう。

さて、一読しての感想は、「頭のいい人だなぁ」という印象。

とにかく「現場」を見ることから始める著者は、そのうえで、「現場」の人々に感情移入してしまう傾向が強いようだ。

したがって捕鯨についても、最終的には「どういう理屈なら今のような(調査)捕鯨を維持できるのか」という点に収束する。基本的には著者も、現代的な都市生活者として捕鯨反対派の主張(環境保護、動物の権利という二本柱)にきわめて近いメンタリティを持っており、日本政府や水産業界に対する批判は辛らつなのだけど、「現場」を見る(見てしまった)ことで、鯨を捕る人たちの立場という観点を導入していくことになる。

調査捕鯨(著者は新たに「環境捕鯨」という言葉を導入するが)を維持するために著者が編み出した理屈は、なるほどと思わせるだけのものはあり、恐らくこの線で日本(などの捕鯨国)が押していけば、少なくとも調査捕鯨の維持は可能だったのではとも思うが、たぶん日本政府には(現政権に限らず)そのような才覚はなかったのだろう。

ただ、こういう頭の良さには危うい部分もあって、たとえば著者が犯罪組織やテロ組織に密着して取材したならば、そうした活動を部分的にでも正当化するような理屈を編み出してしまえるのではないか、という感もある。著者ほどではないが、自分自身にもそのような危うさを感じることはあって(たとえば私が原発容認に転じたらけっこうヤバいと思う)、以前「転向」に関する本を読んでみたりしたのも、そういう危うさへの意識によるものだ。

その意味で、「現場」を見て考えるという著者のスタンスは、どちらの立場でもそれなりの理屈をひねり出してしまう優秀さ/危うさを、「現場」のリアリティで担保するという意味を持っているのかもしれない。

【追記】もう一点、科学的/非科学的という評価軸について、科学的ではない=正しくない、ということではないということを指摘しているのは、科学史・科学哲学専攻という出自ゆえなのかな、と感心した。

 

横山秀夫『第三の時効』(集英社文庫)

2019年、最初に読了したのはこの本になった。

いくつかの作品はタイトルだけ知っていたのだが、この著者は未読。大学時代の友人がロングインタビューしていたのを読み、興味を惹かれた。その友人は「入り口としては『第三の時効』かなぁ」と言うので、図書館で借りて、読む。

さすがに読ませる。種も仕掛けも面白いし、キャラクターの描き分けも秀逸。

ただ、警察小説というジャンルが好きかと問われると、そうとも言いがたいものがあるので、他作品を読むかどうかは迷いどころである。