2016年に読んだ本」タグアーカイブ

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』(群像社/岩波現代文庫)

昨年ノーベル文学賞を受賞した作家の代表作。第二次世界大戦に従軍したソ連の女性たち500名だかに取材したノンフィクション。衛生兵や看護師、通信兵としての従軍が多いのだけど、なかには狙撃手として、あるいは高射砲部隊で戦った女性も。

ソ連の対独戦なので、もちろん勝利に終わった戦いなのだけど、「勝ってさえ、これか」という思いが強くする。読むのがたいへんしんどいけど、読んでおくべき本かな。でも、まぁ結論は分かってるよね。

 

三浦英之『南三陸日記』(朝日新聞出版)

震災から5年経ったからというわけでもないのだが、今年はなぜか震災関連で印象深い読書が重なった。

東日本大震災の被災地、南三陸町に駐在した記者の新聞連載コラム。文章が短いので読むのに時間はかからないのだけど、句集『龍宮』同様、電車のなかで読むにはふさわしくない本。オススメ。版元品切れなのが惜しい。

いま、この著者はアフリカ駐在で南スーダンも取材してきたみたい(無事に帰ってきたようだが)。いい仕事をしている。

松尾豊『人工知能は人間を超えるか』(角川EPUB選書)

将棋のプロ棋士のほとんどは今やソフトウェアに勝てないとか、株式市場の取引のかなりの部分はすでにアルゴリズムによって人間の判断を介さずに行われているとかいう話に最近触れているので、やはりどうしても人工知能が気になって……。

この著者はいわゆる「シンギュラリティ」(人工知能がさらに優れた人工知能を作り始める「技術的特異点」)に否定的である(というか、その意味付けが過剰になることを避けようとしている)ように読めるけど、そうでない、いわゆる警鐘的な本も読んでみたい……。

ちなみに私がやっている翻訳なんて仕事は、あと10年もすれば機械翻訳に取って代わられて消滅する(職人技的な「翻訳」という仕事は残るにせよ、産業としては成立できなくなる)ような気がするのだけど、この本では、実用的な完全機械翻訳が実現するのはもう少し先のような話になっていました……。

 

村上春樹『女のいない男たち』文春文庫

たまに、「○○を村上春樹風に書いてみる」みたいなパロディ(?)を見かけるのだけど、ほとんどの場合、「ああ、作品をろくに読んでいない人がやっているな」と思うだけ。似てないんだよね。そういう接続詞使わないでしょ。そういう語尾は使わないでしょ。パロディと呼ぶには出来が悪すぎる。

さて短編集。

良いのは「木野」かな、やっぱり。たぶんこの一篇が、ファンのあいだでも評価の分かれない本命でしょう。

 

水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社新書)

話の進め方が乱暴というか、あっさりと断定してしまう論調が少し気になるし、そういう意味では細かいツッコミを入れる人は入れるんだろうけど、新書のボリュームにこれだけ巨視的・俯瞰的な内容を盛り込もうとすると、それもやむをえなかったんだろうな、という印象。

全体としての主張は納得がいくものです。しかしソフトランディングは……難しいんだろうなぁ……。

資本主義の終焉と歴史の危機 (集英社新書) : 水野 和夫 : 本 : Amazon

 

にぎやかな眠り【新版】 (創元推理文庫) | シャーロット・マクラウド, 髙田 惠子

真面目なテーマの本ばかり読んでいるとだんだん頭が悪くなってくる気がする、というのは、たぶん大学生の後半くらいに感じ始めたことだと思う。 部品を組み立てて頭の中に何かの建物を構築していくだけではダメで、ときどきは(というかそれなりの頻度で)きちんとストーリーがあるものを読んで、頭の中に川が流れていくような回路を作らないと、ダメなのだと思う。

というわけで何かそういうモノを読みたいなと思ったところ、家人が知人に紹介していたのに便乗して、これを読んでみた。 うん、面白かったです。雰囲気が好き。

ただし真犯人が、そこまでやるような悪い人に思えなかったし、そのへんの説得力が弱いような気がしたけど。

というわけで、これから読む人、「そこまでやるような悪い人に思えない人」が犯人ですよ~。ってあんまりネタバレにならないんだよな。あんまり悪そうな人が出てこない、平和な町だから(笑)

フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち 電子書籍: マイケル・ルイス, 渡会圭子, 東江一紀

このあいだダークプールとHFTをテーマとする論文のトライアル翻訳が来たので……と書いて、「ああ、そういう話ね」と察してくれる人は私のFacebook友達のなかにも数人しかいないと思います。

で、もちろん私もちんぷんかんぷんだったわけですよ。 トライアルなので時間の余裕もあまりなく、ネットで調べた細切れの知識をもとに苦しみつつも何とか仕上げて提出した後、その方面に強そうな知人に「こんな原稿がありまして」と愚痴ったところ、彼がこの本の名前を挙げたので、読んでみました。

いやぁ、なかなか面白かったです。この本を読んでいたら、先だっての原稿も「ああ、あの話来たー」みたいな感じでやれた気がします。やはり、こういうちょっと専門性の高い新しモノにも、もう少し気を配っていないといかん。まぁ、今思うと「あそこは失敗したな」と思う部分もあるとは言え、それなりに頑張って訳していたかな(笑)

タイトルにある「フラッシュ・ボーイズ」(といっても「本人たち」は登場しないのですが)の手口は、自分が特権的に他人よりも早くアクセスできる市場で小口の売買注文を出して他の投資家の動向を探り、その情報がまだ行き渡っていない他市場に「先回り(フロントランニング)」して、その動向に対して有利になるような取引で稼ぐ、という方法。

こういう、情報入手速度の差を利用してアンフェアに稼ぐ(あるいは露骨に詐欺をやる)というのは、映画『スティング』あたりにも通じる話で、昔も今も変わらんなぁという気もします。 しかし、こちらは何しろ現代なので、その「他人よりも早く」とか「その情報がまだ行き渡っていない」という情報のズレの尺度がマイクロ秒単位の話なのです。マイクロ秒ってことは、つまり1億分の1秒だか10億分の1秒だか、そんなところです……と、もはや1桁違ってもどうでもいいくらい(笑)身体的な実感のない時間なのだけど、それが億ドル単位の得失につながっていく、という話(あ、副題に「10億分の1秒の男たち」とあるから、10億分の1秒でしょうね>マイクロ秒。しかし「男たち(ボーイズ)」とは限らんよなぁ、というのはまた別の話)。

何か、当たり前ですが、先日読んだ『不屈の棋士』の人工知能(将棋ソフトウェア)あたりにも通じていく世界です。

で、この本はそういう方法は全然フェアじゃないだろう、と感じて、そういう「捕食者(predator)」の暗躍を許さないような、新しい取引所を設立しようとする人物を中心としたノンフィクションなのでした。

しかし、マーケットそのものが構造的にアンフェアならば、資本主義に大義はないよね……。

 

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英国式事件報道 なぜ実名にこだわるのか eBook: 澤 康臣

先日の神奈川県の障がい者施設での殺人事件を機に、放置してあったこの本を読んでみた。何かにつけて匿名化の傾向が強まる日本の報道に比べて、「こんなのあり?」と思えるようなイギリスメディアによる報道。必ずしも「英国式」のほうが優っているという話にならず、揺れ動いているところも面白い。

売春婦連続殺人事件、極右政党や警察への潜入取材、乱痴気パーティの惨事、難破船の宝物略奪……と、第一章で紹介される事件(&その報道)の例が実にカラフルで面白い。

少し前に読んだ安田浩一『沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか』もそうだったけど、ジャーナリストがジャーナリストに取材するという構図、あるいは、「一つの事件がどのように報道されていくのか」という経緯がよい。そもそものしつらえがメタな構造になっている。

で、この本がジャーナリストではない人間にとっても面白いのは、もちろんニュースを消費するという立場で我々もジャーナリズムの当事者であるからというのはもちろんなんだけど、終盤の「誰もが少しずつ『公人』」という節に的確にまとめられているように、一人一人の社会への関与のありかた、という原理的な部分に触れられているから。それこそ、「投票に行くのか棄権するのか」「デモや集会に参加するのか距離を置くのか」みたいな部分にも関係してくる話である。

オススメです(放置していたけど)。

 

 

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中国環境汚染の政治経済学: 知足 章宏

大気汚染(いわゆるPM2.5)や河川・土壌汚染、CO2排出&気候変動の問題とか。「底辺への競争」くらいは聞いたことがあったけど、「汚染のリレー」とかも興味深い概念。

特有の偏見に満ちた視線で語られることが多い中国の環境汚染だけど、結局のところ、経済の高度成長と、その前提となるグローバリズムという観点を抜きにしては語れない。ということはつまり、自分たちもその「チェーン」には組み込まれている。家に帰って、ペットフードの成分表を確認してしまった。そこに「ビタミンK」と書かれていたら、中国の「癌村」の発生にいくぶんか関与しているかもしれないということ(ちなみに今メインで使っているペットフードには含まれていませんでした…)

 

 

 

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