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もんじゅ君『もんじゅ君対談集 3.11で僕らは変わったか』(平凡社)

図書館に行ったら、坂本龍一追悼のコーナーが設けられており、その中にこの本があった。区の図書館なのだが、そういうところがなかなか優れている。指定管理者制度のもとでの運営のはずなのだが。

それぞれの対談が行われたのは震災・原発事故から2~3年後と思われるので、さらにその後の社会の劣化を目の当たりにした後で読むと、この頃はまだ希望があったのかもしれない、とさえ思えてくるのが辛いところ。

とはいえ、そういうシリアスな認識とは離れて、特に奈良美智や鈴木心が語る内容には興味深いものも多い。もちろん坂本龍一も。國分功一郎については(甲野善紀も)、他の著作をいくつか読んでいるので、そこまで新鮮味は感じなかったが、とはいえ、これを機に未読だった『原子力時代の哲学』を購入してしまった。

内田樹『生きづらさについて考える』(毎日文庫kindle版)

久しぶりにウチダ先生の著作を読む。

あいかわらず、膝を打つ叙述はたくさんあって、読む価値のある本ではあるのだけど、これまでも、退却戦を殿(しんがり)に立って戦うことを旨としてきたと思われるウチダ先生だが、ここに至って、かなり諦念の比率が高まってきたような印象を受ける。そして、その気持ちは大変よく分かると言わざるをえない昨今の状況である。

 

澤康臣『事実はどこにあるのか 民主主義を運営するためのニュースの見方』(幻冬舎新書)

この本の優れた点は、著者が相当に理想主義的であるところだ。本文中では、現実と理想の対比はさらりと触れられている程度だけど。

全体を貫いているのは、賢明な、いや正確には「賢明でありたいと願う」市民が、何らかの形で関与しつつ社会を運営していき(”This is what democracy looks like.”)そのために必要なリソース(の一部)をジャーナリズムが提供する、という理想主義的なビジョンだ。

もちろん、先日の統一地方選挙前半の低投票率にも象徴されるように、この社会のかなりの部分は、自分が「民主主義を運営する市民」であるとは露ほども考えていないだろうし、そもそも「市民」を罵倒語として使う連中すらいる。そういう人たちは決してこの本を(あるいはどの本も)手に取らないというのが現実だろう。

とはいえ、「現実は…だから」を根拠とする「現実主義」的な言動は、よく言えば冷笑的であり(よく言ってないね)、わるく言えば、というか実際にはその大半は欺瞞であると私は思っている。

その「現実」は、実際には特定の視点から恣意的に切り取られた一側面でしかなく(場合によっては一側面ですらなく)、しかも、そういう現実主義者にはその「現実」を主体的に変えていく意志も能力もまったく欠如しているのだから。

というわけで、できれば「現実主義者」に堕することを避けたいと願っている自分にとって、遠慮がちにではあれ理想の旗を掲げてくれている本書の著者は、だいじな一つの道標とでも言うべき存在である。

 

トム・チヴァース、デイヴィッド・チヴァース『ニュースの数字をどう読むか--統計にだまされないための22章』(北澤京子・訳、ちくま新書)

これまた、田畑暁生氏の紹介で知った本。

統計については、一度しっかり勉強したいと思いつつ、果たせていない。この本は体系的な統計入門というわけではないが、報道で出てくる数字が誤解を生み出してしまう例がふんだんに紹介されていて面白い。正確なデータと出典が示されている(つまり虚偽ではない)からといって、報じられている内容に信憑性があるわけではない。

とはいえ、頭では分かっていても、なかなか徹底できないものだよなぁ…。本書で紹介されている例のうち、サンプルの規模や偏り、チェリーピッキングが招く誤解や、統計的に有意であるからといって意味があるとは限らない、といったあたりについては自力でも思い至りそうだが、交絡因子や合流点についてはなかなか難しい。

ちなみにこの本で紹介されている中でいちばん興味深かったのは、「新型コロナの初期の段階で、感染者・重症者に占める喫煙者の比率が低かった」という事例。もちろん、喫煙習慣が新型コロナの予防・重症化防止に役立つわけはなく、むしろその正反対なのだが、どうしてこのような結果(それ自体は嘘ではない)が出てしまったのか。

翻訳には特に問題を感じなかった。しかし、英国流の諧謔というのか、各所に冗談がちりばめられていて、そのおかしみを伝えるのはなかなか難しそう。感じ取るのは読者次第か。

 

佐々木淳『いちばんやさしいベイズ統計入門 「結果」から「原因」を探し出す』(SBクリエイティブ)

このご時勢ゆえ、「事前確率」などという言葉を折々目にするようになったので、図書館の新着書棚にあったこの本が目に留まり、読んでみた。

ベイズ統計については、以前POPFileというスパムメールフィルタを使っていた関係で名前だけは馴染みがあったのだけど、具体的にどういうものなのかは知らず。

本書は大変分かりやすく説明してあると思う。といっても、本書の肝である第3章以降も通読するだけで、自分で手を動かして確率を求めたり式の変形をしたり、という手順は踏んでいないので、表面をサッと撫でただけの理解。家人には「まぁそこまでやらなくてもいいんじゃないの」とは言われたのだけど、いずれ時間があるときにちゃんと「お勉強」してみたい。

「ベイズの定理」そのものが生まれたのは18世紀とけっこう歴史があるけど、本書から受けた印象では、天才的・飛躍的な発見というわけではなく、何となく式を変形していたら、「あれ、これってこういう意味に取れるんじゃない?」という新たな解釈が生まれ、それが実は非常に有用だった、という話であるように見える…のだけど、合っているだろうか。

2021年1月の刊行ゆえ、「このご時勢」についても「Cウイルスに関するP検査」という例題で扱われている。

 

西浦博・川端裕人『新型コロナからいのちを守れ!』(中央公論新社)

すごく面白い。

テーマが深刻で、なおかつ未解決にして進行中の状況なので、面白いとか楽しいとか表現してしまうのは不適切なのだが、ついそう言いたくなる。

末尾を除いて対談形式にはなっていないが、「聞き手」は川端裕人。その川端の小説『エピデミック』を昨年5月に読んだので、この本はなおさら興味深い(西浦はこの作品でアドバイザー的な立場だった)。何しろ、小説に出てくる「2×2表」やFETP(実地疫学専門家養成コース)の人々が、今のリアルな状況のなかで活躍するのだから。

「8割おじさん」こと西浦は、つい昨日だかも「GoToトラベル」が第三波の到来に与えた影響を明示して話題になっている。「対策無しなら重症患者は85万人、その半数が死亡」という有名な予測を含め、彼の言動や、彼の参加したクラスター対策班/専門家会議が打ち出した対策などへの批判や不満が出るのは当然だし、その中には正当なものもあるだろう。

それにもかかわらず(いや、だからこそ)、彼らがどういう状況のもとで、どういう考え方に基づいて、そのような言動や対策に至ったかという経緯は、やはり面白い。面白いといって悪ければ、実に興味深い。

この本で語られている経緯のなかから、西浦、あるいは専門家会議の姿勢に何か問題を見出すとすれば、それは恐らく、「これだけやっておけば制圧可能」というスマートで効率的な対策に依存してしまった、ということなのではないか。

まっとうな科学者には想像もできないような愚にもつかない障害というものが世の中にはあって、その障害が発動した場合にはスマートで効率的な対策は無化されてしまう、という警戒が薄かったのかもしれない。もっとも、そうした状況を取り繕うことのできる二の矢、三の矢が実際にありえたかというと難しいところかもしれないが。

本書で語られているのは11月以降の「第三波」に至らない段階までの話なのだが、その後の推移も含めて、「答え合わせ」的な面白さもある。

新型コロナウイルスやCOVID-19、免疫のシステムやワクチン、PCR検査などに関する基本的な事項を知るという点では、先に読んだ『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』の方が優る。しかし、新興感染症への対応、あるいはもっと広い文脈において、この日本という社会に何が最も欠けていた(欠けている)かという示唆を読み取るうえでは、この本の方が価値は高いかもしれない。

峰宗太郎、山中浩之『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』(日本経済新聞出版)

2021年、いま読まずしていつ読む、という感じの、これ。

だいぶヒネったタイトルだが、これは良書。電子書籍ではなく紙で買うべきだったかもしれない。

ひとまずAmazonの商品ページで目次を見てもらえば分かるように、非常に情報量が多いのだが、「素人」ポジションの編集者が対談形式で専門家に話を聞くという構成なので、取っつきやすい(ただし私としてはだんだん冗長に思えてくる…)。

普及が期待される核酸ワクチンが孕んでいるリスクについてもたっぷり紙数を費やしているので、「ワクチン絶対拒否」派も(理論武装を兼ねて)ぜひ読んでおくべきだと思う。帯の「日本人がワクチンを打つ前に知っておくべきこれだけの真実」というフレーズも、いかにもという感じで、やり過ぎと思えるくらいの営業戦略が窺われる(笑)

また、とにかく無症状者にもガンガンPCR検査しないとダメだ、という「無制限PCR検査」論がいかに机上の空論であるか、そして感染拡大を防ぐのは「とにかく検査」ではなく○○○○であるという点も丁寧に書かれている。この本を読むと、公表されている数値をもとにいろいろ自分で計算してみたくなるのが面白いところ。

この本で特に優れているのは、ウイルス・免疫の専門家である峰氏が、科学者という立場にありながら、科学の限界をきちんと認識し、それを言葉で表現している点。そのうえで、「広報戦略と、やはり政治力」(第5章)の重要性を指摘しているところ。

しかし、「こうやって長いお話をゆっくりと読んでくださる方は、俗説や過激な話には、簡単に騙されることはないと思います」(第4章)とあるのだが、「コロナはただの風邪」や「ワクチン絶対拒否」、あるいは「無制限PCR検査」の人たちには、この本を読んでいる暇などない(婉曲表現)というのが残念な現実なのだ…。