シリン・ネザマフィ『白い紙/サラム』(文藝春秋)

Facebookで見かけたWIRED.jpの記事が気になり、しかしその記事は読まずに(まだ読んでいない)、作品の方を先に読んでみた。

以前、芥川賞を受賞した楊逸『時が滲む朝』を読んだときと同様、日本語のおかしなところは散見される。しかし以前は「こういうのって編集者は何か助言しないのだろうか」と思ったものだが、今回は読んでいて何となく「あえて不慣れな日本語=外国語で、しかも『小説』として、これを書こうとした(書かざるをえなかった)というのは、どういうことなのだろう」と思ってしまった。楊逸の作品もいま読み直すと、同じように受け止められるのかもしれない。

「白い紙」は、イラン・イラク戦争のまっただ中、イランの小さな街での少年少女の恋物語。「サラム」は日本の大学に在学中のイラン人学生が、難民申請しているアフガニスタン女性の通訳をする話。前者の方が、馴染みの薄い世界だけに印象深いかな。

 

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