怒濤の勢いで読了。
以下、やくたいもない感想を並べる。ネタバレもあるけど、これだけ有名な作品なんだからいいよね。
(1)すべては神々が悪い。読みながら、「あ~、もうよけいなことするな~!」と叫びたくなることがしばしば。古代ギリシャの人々というのは、ある種の無常観というか、諦念を帯びた世界観を持っていたのではないだろうか。バカどもが偉そうな顔をして操っている世界なんだから、我々の運命が不条理でもしかたがないよ、みたいな。まぁ実際、ままならない自然現象に翻弄される程度も今よりはるかに大きかった時代なのだから、そういう世界観になるのが普通か。
(2)愛と美の女神アフロディテが戦いにおいて弱いのは無理もない。しかし軍神アレス弱すぎ。神格の低さゆえなのか。
(3)上巻でも感じたのだけど、比喩が面白い。特に、「いっかな退かぬ(ひかぬ)強かさ(したたかさ)」の比喩として、「蚊の如き」という比喩が使われている箇所があって思わず笑ってしまった。「人間の肌からいかに逐い払われようとも、人の血は何よりの美味、しつこく咬みついてやむことを知らぬ。女神がその蚊のような強かさを彼の胸中に漲らせれば…」(下巻p183~184) 古代ギリシャ人もしつこい蚊には現代人以上に悩まされていたのだろうな。それにしてもメネラオスの奮戦ぶりに使う比喩かね…。
(4)アキレウスは、強いと言えば強いが、およそ誉められた人物ではない。まぁこういう例はよくあって、たとえば『三銃士』に始まり『鉄仮面』に終わる『ダルタニャン物語』の主人公たち(つまりダルタニャン&三銃士)も、かなりろくでなしである。
(5)この作品の中ではアキレウスは死なないし、トロイの木馬も出てこない。したがって、トロイエ(トロイア)は滅亡しない。ちょっと驚いた。ちなみに戦争のキッカケになった、いわゆる「パリスの審判」の場面はないし、ちらっと地味に言及されているだけ。このあたりの状況は、岩波少年文庫の『ホメーロスのイーリアス物語』では描写されていたように思う。そういう背景知識があるから、この岩波文庫版をすらすらと読めたのだが、いきなりこれはキツいかもしれない。
(6)訳はかなり良いと思う。どうせ文字で黙読するのだから、この現代語訳で元の韻文が散文になってしまっているのは文句を言うべきところではない。抑制の効いた訳注もよい。