何やら、この作品を原作とする映画が公開されるようなので、ふと興味を惹かれた。
著者の名は何だかよく目にするような気がするけど、何を書いた人なのかよく知らない。『マリー・アントワネット』とか『メアリー・スチュアート』といった伝記文学が有名、とのことだが読んではいない。解説の池内紀によれば、通俗と見なされてドイツ文学界ではあまり評価されていないのが残念、ということのようだ(ただし同氏の解説についてはAmazonのレビューで厳しい指摘がなされている)。
四篇の短編が収録されているのだが、どれもなかなか面白い。
しかし、刊行が2011年なのに、なぜ新訳で出さなかったのだろう、という疑問が湧く。訳者4人はいずれも1920年代の生まれで、実際にこれらの作品を翻訳したのがいつ頃なのかは不明だが、当然ながら古くささは否めず、「さすがにこれはちょっと…」と感じる部分がいくつかある。たとえば「何を僕が一体君にしたんだい?」(本書P113、『不安』)などという訳し方は、原文のドイツ語の語順がそうなっているのだろうけど、現代の翻訳者ならまずやらないだろう。「いったい僕が君に何をしたというんだい?」くらいか。
とはいえ、作品を楽しむ上でそういう翻訳の古さが致命的かというと、そうでもない。むしろ、昔の翻訳者の力量の高さに驚かされる方が大きいと言えるかもしれない。何しろ作品中に出てくるあれこれをインターネットで調べるなんてことはできない時代だったはずだから。
ちなみに、映画のサイトを見ると、よくあることだが、原作『チェスの話』からはかなり乖離した内容になっている模様。原作もかなり壮絶でドラマチックな内容なのだけど、心理的な描写が多いので、そのままでは映像作品にはならないのだろう。面白そうではあるが、映画を観るかどうかは何とも言えない…。