単行本が発売された時に買い、読み始めたものの、内容のしんどさに途中で挫折し、その後文庫本でも買い、結局、しばらく前からkindle版で再読を開始し、時間はかかったものの読了した。
いろいろと思うところの多い本。
被害者の証言でわりと共通しているのが、苦しんでいる人が何人もいて、「何だかいつもと違うことが起きているな」と思うのに、自分自身の体調不良と関連付けるのに時間がかかっている、という点。このところよく言われるようになった「自分ごととして捉える」ことができるかどうか、という話なのだろうか。
あと、多くの人が、周囲で異常事態が発生していることを知り、自分自身の体調にも不審な点を感じているにもかかわらず、それでもとにかく職場に行こうとしている点も、けっこう共通している。
あたりまえの話だが、誰も携帯電話など持っていない(もちろん当時だって使っている人はいただろうが)。その後、テレビやラジオのニュースに接して、ようやく「事件」を知っている。
被害者以外にも、章の間に医師や弁護士の証言が挟まるのだが、たとえば、事件の一週間前に警察に対して「本当にオウムがサリンを撒く可能性がある」という警告があったにもかかわらず防止できなかった、という点に衝撃を受ける。
松本サリン事件を経験済みの信州大学医学部から都内の医療機関にサリン中毒への対応について助言が送られるのだが、当然ながら「ファックス」である。
事件当日の話だけではなく、証言者のプロフィールを紹介する部分で、たとえば事件当時60歳の人は、当たり前だが戦前の生まれなのだというあたりにも、軽くショックを受ける。
村上春樹がインタビューを行い、その証言テープ(もちろんテープだ)を元に書き起こされているので、文体は、その証言者の語り口が活かされているのだけど、唯一、アイルランド出身の元騎手・競馬学校講師(そんな人が事件に巻き込まれていたのだということも私は知らなかった)については、英語による証言を村上春樹が翻訳したのだろう、文体がいつもの春樹調で、何だか少し微笑ましい(内容はもちろん笑えないのだけど)。
とにかく、語るべき点の多い本。これは読み直すかもしれない。
時節柄、一カ所だけ引用。
私たちが得た大きな教訓は何かと言いますと、「何か大きなことが起ったとき、それぞれの現場は非常に敏速に対応するけれど、全体としてはだめだ」ということですね。こういう大きな災害が起ったときに、組織が効率よく速やかに対応するというシステムが、日本には存在しないのです。