カズオ・イシグロ『日の名残り』(土屋政雄訳、早川epi文庫)

カズオ・イシグロの作品としては、これまで『わたしを離さないで』を読んだだけ。あの作品は非常に良くて気に入ったのだけど、なぜか他の作品には手を伸ばしていなかった。話題にもなっているし、いいタイミングで早川文庫に合うサイズのブックカバーを入手したこともあり、買ってみた。

このところプルーストを読んでいたので、とにかく第一印象は「読みやすくて助かる」(笑) イシグロの作品を英文で読んだことのある家人に言わせると、彼の英語はとても端正で良いらしい。この土屋政雄氏の訳もこなれていて良いような気がするけど、いろいろ興味深い表現がありそうなので、原書も入手するつもり。

で、肝心の感想だけど、これは少し長くなりそうだし(当然ネタバレも多く含まれることになるし)、原書も参照してから別の機会に書こうと思うのだけど、たぶん私の感想は、この作品の、たいていの場合の紹介され方とは違っているだろうし、恐らく、作者が意図したものともだいぶ違ってしまっているのではないか、という気がする(しかしもちろん、作品の捉え方は万人に開かれているのだし、解釈における作者の特権性というのはいったん20世紀に克服されているのである)。

ただ、私の捉え方が勘違いである可能性はあるとしても、これは名作だと思う。登場人物が脇役に至るまで実に存在感をもって描かれているし、場面が一つ一つ印象深い。

ふだんから本をよく読む人にも、そうでもない人にも、お勧めです。

しかしせっかくこうして書いているのだから、思いつき程度のことをちょっと書いておくと、この作品は、「失われつつある伝統的な英国を描い」たものとして紹介されることが多いけど(本書裏表紙の紹介文より)、私が主人公であるスティーブンスから連想したのは、日本の少し前にごく一般的だった(今はそうでないと信じたいが)ある種の人々の生き方だった、ということ。

これまた突飛な繋げ方だけど、何だか『魔の山』を読んだときの印象とけっこう近い。もちろん(?)あれを読んだときよりもはるかに読後感は心地よいし、あれをもう一度読もうという気はあまりしないけどこれは読み返したいし、あれを人に勧めようとは思わないけど、これは文句なしにお勧めできるのだけど(でも『魔の山』は名作なんですよ。掛け値なしに、ラストにはすごく感銘を受けたし、このラストに至るために、ここまで読んできたのか、という納得はあった)。

 

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