新保信長『声が通らない』(文藝春秋)

図書館の新着書コーナーにあったので、つい手に取った。

かつて零細社会人劇団で活動していた頃、稽古後などにメンバーで飲みに行くと、注文の時に誰がいちばん店員さんを振り向かせるのが上手いかを競ったりしたものだった。この本でも語られているように、やたらに大声を張り上げるのではなく、狙いを定めて声を届けるのがコツだということは、そういう経験を通じて分かっているし、それができずに著者のような悲哀を味わったことはあまりない。

とはいえ、「通る声」を模索して専門家に取材したり諸々のボイストレーニングを試す著者の悪戦苦闘は、文章の巧みさもあって、とても面白く読める。

そして「声が通らない」とは少し違うのだが、私にも著者と同じ悩みが…。

「名前を聞き取ってもらえない」である。

私は電話でお店の予約を取るときなどは、家人の旧姓を借用してしまうことも結構ある。その場合は、漢字を間違われることはあっても、聞き取ってもらえないことは、まずない。

同じ姓ですごい有名人とか出てくれば楽になるんだろうけどなぁ。たとえば「羽生」は、聞き取ってもらえない場合でも「羽生結弦のはにゅうです」とか「羽生善治のはぶです」と言えば分かってもらえるだろう…。

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